2017年8月10日木曜日

研修医の過労死問題

政府の働き方改革で時間外勤務時間の制限が議論されているが、医療関係の労働環境については別扱いになっている問題が、再び研修医の過労死でクローズアップされている。 そのもとは、東京都内の病院の産婦人科の研修医の自殺が労災認定されたというニュースである。以下、ニュースから転載する。
 労災認定されたのは、都内にある総合病院の産婦人科で勤務し、2015年7月に自殺した30代半ばの男性研修医。遺族の代理人弁護士によると、男性が自殺する前の1か月間の時間外労働は、いわゆる“過労死ライン”の月80時間を大幅に超える約173時間で、200時間を超える月もあった。また、6か月間で5日しか休んでおらず、1日も休みがない月もあったという。
政府の働き方改革実行計画では、残業時間は月80時間が目安で最大100時間とされているが、上記のニュースの記事には、医師の場合はこの制度の運用には5年の猶予がなされているとある。 それは、医師は医師法で応召義務があり、単純に時間制での勤務体制は無理な現状があるため、と解説されている。これがいいのか、問題敵をしている。若手医師の働く環境が悪いと医療の質に低下が生じ、対応が必要である。
医師の過労死が起こった度にかかる議論が出てくるが、その背景は複雑で、単純に労働環境改善といっても解決しない。医師の卒後研修は、最初に2年間は厚労省管轄での義務化研修で、就業時間などは労基法のもとでしっかり管理され、あえて言えば優遇されている。しかし、この後にくる専門分野の研修(修練とか専門医研修と言う)はそれこそ医師としての基礎つくりと自己発展の期間であり、いい加減な研修ではいわゆる立派な医師の仲間入りはできなくなる.研修医間の競争もあり、言われたことはしっかりこなさないと全体に迷惑をかける。また上司は求められる診療をチームで遂行し、また質の担保も維持しなければならない。指導監督とともに、学会活動や管理職としての仕事も多く、指導医の過労は常態しているともいえる。規則どおりの勤務では現場は成り立たないのである。研修医も指導者側も同じ厳しい労働環境にあることの認識も重要である。
勤務時間や時間外労働を労基法でしばって管理するのは確かに医療現場にはそぐわないところも多いが、現実には労基はしっかり調査して、時間外の給与を支払えとか、医師の補充をしろ、という話になる。こういったことは何かおかしいのでは。安全と安心、そして質の担保された医療は、高度の知識と技量、経験を持った医師と医療者が必要である。そこには医師と共に働く専門職が不可欠であるが、わが国では医師にほとんどを頼っている現状がある。法律上医療行為は医師の専権行為ではあるが、医師の指示の下で働く看護師も、特別な教育を受けたものは、特定の医療行為が行える制度も進んでいる。しかし、まだ緒についた所である。病院の産科には助産師がおられるが、医師の長時間勤務との関係ははっきりしていない。要は、若手医師を働き手として数で勘定するのではなく、個人個人の生活も考えて、また全体を見て環境改善をしないといけない時期にあると思う。医師以外の専門職を育て、医師と協同で医療現場を安心安全な環境にしていく努力が不可欠である。私の育った時代はまさに過労死寸前状態の連続であり、それがまた当然のように受け止められていた。精神的に落ちこまれて命を絶った若い医師もおられたが、労働環境という視点は出てこなかった。長い歴史はそう簡単には変わらないのか。小手先では解決されない。病院も医業収入を得るのが至上命令である限り、医療者、特に医師に負担が出てくる構図である。医師の数を増やさないでこのような問題を解決していくことが問われている。
さて、この問題でいつも引用するのは、米国のLibbyである。1984年に起こった医療事故がきっかけでできた法律である。https://en.wikipedia.org/wiki/Libby_Zion_Law

その内容は、このブログの2016621日の投稿を参照して頂きたい。米国で、レジデント(研修医)の過労による判断ミスで医療事故が起こった後、レジデントの勤務時間を週80時間に制限したものであり、現在も続けられている。この80時間は結構長い時間であるが、わが国の時間外との関連で見るとどうなるか。勤務時間と時間外、という括りがそもそも医療現場では馴染まないのではないか。そして、米国では過労による医療事故、わが国では過労による研修医の自殺(医療事故を防いだかもしれない医師が)、何かわが国の医療の縮図を見るような気がする。それにしても我が国は医師については働き改革計画の実行は5年の延期を決めている。それは行政の不作為、あるいは医療側の怠慢かもしれない。そして、その対策は研修医(若手医師)においてまず早急に実施し、それに伴った上級医師の対応も出来てくるのではと思う。単なる時間規制では何ら前進しない医療環境にどういうメスが必要か。一人の死を無駄にしない、医療界、行政の行動が待たれるのではないか、というのが今回の感想である。

2017年8月7日月曜日

臓器移植法制定から20年; 和田移植の呪縛はまだ残っている


暑中お見舞い申し上げます。台風5号で宝塚も雨風が強くなって来ました。
さて、暑くて頭も回らず、7月1日の内容の再掲ですいません。

今年は臓器移植法が制定されて20年の節目を迎える。再開から18年でもある。この節目の年になって我が国の臓器移植の現状を見ながらつくづく思うのは、表題の「和田移植の呪縛」である。こういう表現をするのはあえて今の臓器移植の低迷、私はそう思っている、の原因、そして課題を考え新たなステップを切り開く上では避けて通れない確認事項と考えるからである。
心臓移植の長い歴史ヺ見ると、南ア連邦ケープタウンでバーナード博士が世界初の人から人への心臓移植が行われて50年目である。この記念すべき年に、和田移植のことを半世紀後の今になって話題に上げなくてはいけないことがまずもって情けない。
脳死での臓器提供は法改正後に年間50件を超えるようになった。しかしその数は改正前の心停止での腎臓移植(脳死で心停止まで待つ)の数を超えるどころか減少している。心臓移植も年間50例にならんとしているが、当初からの目標とする心臓移植年間200例には程遠い状況である。
本題に戻ると、まず今の臓器移植の状況には決して満足できない、未だ心臓移植の定着には程御遠いという共通認識がいる。問題は二つある。一つはWHOの提唱する原則、臓器移植は自国内でと死体から、が守られていないことである。心臓以外で生体臓器移植が未だ大きな役割を果たしている現状と、小児心臓移植が海外に頼っていることである。もう一つはシステムの問題である。これには法律が関わる。我が国の臓器移植、こと脳死からとなると法律のもとで全てが行われている。「臓器の移植に関する法律」およびその細則があり、さらに運用のための行政が決めたガイドラインがある。全てこれらに縛られ、硬直化しているのが今の日本の臓器移植と思われる。海外と違ってすべて法律で縛られるようになったのは正に和田移植のせいと言える。

18年前、心臓移植再開でその呪縛が解けた、ということであった。しかし、現実には、その過ちを繰り返させてはいけないという呪縛が隠然と残っている。その代表的な言葉が、「一点の曇りもなく」、である。これは法律の運用においていまだに行政が口にする言葉である。まさに、和田移植の呪縛がこの言葉に代わって生きているし、生かされている。お役人は昔のことはどうこう考えることなく、現法律の適切な運用を監督することは当然のことであるが、移植医療の新たな展開になるのではという場面でこの言葉が使われることが問題なのである。勿論、頻回ではない。しかし、大事な局面で、恰も水戸黄門の印籠のごとく登場する。また医療者側がそれをあたり前と思ってしまっている。
何故これに拘るか、というと、一つは行政が未だに指導監督官庁として現場を監視していることと、医療側(特に移植医)がこれを甘んじて受けていることである。移植現場、加えて患者さん方(ドナー家族)、の地道な努力でもって移植医療の新たな展開が図れる機会があっても、お役人のこの一言でせっかくの機会が無駄になってしまう。これを移植関係者が反論しないで大人しく聞いてしまっている。これは何も法律違反、条例違反、をしろ、勝手にさせろ、とは決して言ってはいない。しかし、此の膠着した移植医療の現場を何とか変えていこうとするならば、此の呪縛的な一言をあえてお役人に言わせない、というのが移植に関わる専門医療者の矜持ではないか

私があえてこういうことを言うのは、もういい加減に医療現場、そしてプロフェッショナル集団を信用してくれ、今や誰も移植医療を曇らせようとは考えていないし、必死で公平、公正、公明、の三原則を守って来ている。しかし、亡霊のごとく折に触れ出て来る。現場を萎縮させる以外何ものでもない。移植医療は性善説が基本であって、そうでないと円滑な進歩は難しくなる。制定後20年を迎えて、日本の移植医療を本来のあるべき姿、プロフェッショナル集団に任せる、という方向付けを打ち出す時期であることを共通認識とする必要がある。臓器斡旋はお役所が管理するが、その他は医療現場のプロフェッションに任せる所まで成長していることを現場はもっと誇りに思い、指導力を発揮すべきである。

臓器提供の低迷のもう一つの背景は情報公開の問題と思う。移植の素晴らしさが社会からは充分見えない、移植を受けた方の喜んだ顔が見えない、陰の医療、と思われても仕方がない。何故か、それは法律の運用に関する指針(ガイドライン)にある、個人情報の保護の部分である。そこには、移植医療関係者が個人情報そのものの保護に努めることは当然のことであるが、移植医療の性格にかんがみ、臓器提供者に関する情報と移植患者に関する情報が相互に伝わることのないよう、細心の注意を払うこと、とある。この細心の注意、はお役人からすれば、これはしっかり守れ、と言っているので、どうこう言うことではない、君はこれが分からないのか、という所である。しかし、ある事例で行政がメデイアに注意勧告めいたことを発表する根拠に使われている。こうなっては注意義務ではなく規則になる。この個人情報保護(相互に伝わる)は、原則であって家族や患者、遺族に、そうすべきと強制するものではない。悪意を持ったことは無論いけないし、無理に伝えることも論外である。また広い意味での個人情報を守るとうことは当然である。しかし、移植で言うこの個人情報扱いにおけるこの原則論が未だ生き続け、浸透し、ある意味独り歩きしていないか。移植を受けた患者も提供した遺族も社会に顔を出せないようになっているではないか。メッセージだけは出るが、それで終わりである。

一方ではドナーファミリーの会も出来てきている。先般、神戸では奥さんが脳死で臓器提供されたご主人が実名で講演を行い、地元新聞ではこれを異例、として紹介している。米国で心臓移植を受けた子供さんの親が、米国のドナー家族とお互いに実名で手紙のやり取りをしている。渡航移植で帰った子供さんは元気な顔を見せ、親と共に感謝の言葉を述べている。自国ではどうか。心臓移植を受けた子供さんは隠れたまま、親もそうである。これでは社会はその医療の素晴らしさ、ドナーと家族への敬意、などが表面的に終わってしまう。勿論、市民公開講座やその他の移植関連の企画で国内レシピエントの顔も出てきていることは、関係者の地道な努力の賜物であることに異論はない。

しかしこのままが良いとは決して思われない。そこは、ガイドラインの文言をどう解釈するのかにかかっている。ドナー家族とともにレシピエント家族(子供の場合)へのこの遵守事項の理念の説明と共に、移植からある程度期間が経った場合は許容される、といったことであろう。ガイドラインはあくまでガイドラインであって規則ではない。ネットワークのコーデイネーターの方も、家族や患者、遺族の考えをまず尊重することが大事で、強制はできない、と言っている。移植の当事者であるドナー家族とレシピエント側のこの情報公開についての考えも機は熟していて何らかの方向で纏める時期ではないか。

学校でも社会でも、心臓移植を受けた子供さんを暖かく受け入れて見守る、元気になったことを見て共に喜ぶ、それが自然と出て来る社会を作るうえで、何が必要か。その視点でこのガイドラインの個人情報項目について再考すべき時期であると思う。再考といっても医療現場がコンセンサスを持って対応することであって、ガイドライン自体をどうこうすることではない。渡航移植と国内移植で情報公開においてこうも違うこと自体に疑問を持つことから始めないといけない。脳死のダブルスタンダードと似て我が国固有の問題である。また、メディアとの連携も当然必要で、一方的な報道は決して許されないことは当然である。

心臓移植担当者も移植医療の素晴らしさを患者さんと共に社会に見せる、というプロフェッションとしての責任がある。社会が尊敬と喜びの共有が出来ないのは本来の移植の姿ではない。呪縛云々はさておいても、一点の曇りもなく、そして個人情報への細心の注意、の二つが少なくとも今の脳死からの臓器移植の停滞の背景に存在している、という私の意見は残念ながら現場で受けいれられているかどうかは分からない。しかし、この認識を移植関係者が共有し、その上で新たな展開を図る努力が求められていると思う。

                       大阪大学心臓血管外科同窓会誌より転載


2017年7月21日金曜日

梅雨明け


関西はあまり雨も降らずに梅雨明けとなり、いよいよ夏到来。と言っても既に猛暑日が続いているので、季節の変わり目を感じることも希薄となっている。蝉の鳴き声にも何かしら元気がないような気もするのは自分の気持ちの表れか。 暫く整形外科医にお世話になっていたが、それも終了で本格的に真夏モードへ。

 
臓器移植法制定から20年の節目に、兵庫県の移植関係者が集まる協議会(兵庫県臓器移植推進協議会)から兵庫県(県知事)と神戸市(市長)へ要望書を出している。内容は、いまだ低迷している脳死での臓器移植の課題解決として、ドナーコーデイネーターの充実と小児からの臓器提供への支援、などである。県立病院や市民病院などの臓器提供施設の負担軽減策を地方行政として取り上げて欲しいというもの。特に、各病院や救命センター内でのドナーコーデイネーターの専従(専任)がキーポイントと思っている。これは人件費がらみであるので行政としてはそう簡単に受け入れることは難しいが、現場からの要望が出るきっかけになればと思う。勿論、かかるコーデイネーターは専門の教育と経験が必要で、予算だけで片付く問題ではないが、そういう人材は育ちつつあることは間違いない。

こういった要望書提出を契機に、行政もこれまでより突っ込んだ実態把握を進めながら対応して欲しいが、行うとしても暫くは臓器提供で実績のある中核施設への重点配備になればと思っている。因みに、都道府県単位でこれまでの脳死での臓器提供数をみると、実数では東京都が突出していて、兵庫県もまあまあの所(15例)であるが、人口単位での提供数をみると和歌山県が突出している。その背景の分析は確認できていないが、おそらく高度の救急医療が大学病院や日赤医療センターなど一部に集約されているのではないかと思われる。集約化で救急救命医療での救命率が上がる中で、脳死となる症例も増えてくる、という背景があるのではないか。和歌山県の対応や施策について、兵庫県も参考にすべきことがあるのではないか。長崎県も臓器提供推進には積極的であり、その報告書は手元にあるが、和歌山県の取り組みについては調べないといけない。

さて、この法制定20周年を迎えながら幾つかのマスメディアの記者さんと話す機会もあり、共同通信の配信で幾つかの地方紙に心臓移植再開時のことが出ている。その中で言わせてもらったのが、20年経っても臓器提供が年間50例程度の状況では個人的には全く満足していない、ということである。自分には再開時にくらべ現状への不満が反って強くなっている。こういう状況について、最近の投稿で書いている幾つかのキーワードがあるので、再度紹介する。

 
① 日本の臓器移植(脳死での)は世界の中でガラパゴス化している。

② 「和田移植の呪縛」はまだ解かれていない。

③ 一点の曇りもなく、の新たな呪縛が続いている。

④ 性善説である臓器移植に性悪説を無理に入れようとしている。

⑤ 小さな子供さんへの心臓移植はいまだに殆どが海外に頼っている。

 

①-④は私特有の独善的な見方かもしれないが、要点は突いていると思っている。 

これらのキーワードで示される特殊な状況を払拭させるのが移植関係者の役割であって、広報にも努めながら移植医療の成果を広くしてもらうことの重要性をこの節目の20年で改めて肝に銘じる必要があるのではないか。

2017年7月13日木曜日

大学設置審査



 7月に入ってから台風3号に続き、九州北部地区は集中豪雨により想像を絶する大きな被害が出ました。尊い命を奪われた方々に心よりご冥福をお祈りし、また甚大な被害にあった多くに方々にお見舞いと一刻も早い安寧、復旧を願わずにはおられません。地震、津波、洪水、土砂災害、と我が国は自然災害から逃れられない宿命的な所もありますが、大災害が予想される時の緊急防災、緊急避難、そしてそのための的確な情報伝達、が改めて重要なことが分かります。情報化時代の中で、SNSの活用も現実となった今回の災害でもあったと思われます。また、今回の九州地区では5年前の水害の経験が生かされての素早い避難が多くの方を救った、という報道もあります。山と川に囲まれた我が国における災害対策において、今回の経験は決して忘れず、今後に生かすことが一人ひとりにとって大事でありますが、やはり国の大きな使命は、救助活動とともに防災へのさらなる取り組みがないと大災害は繰り返すのではと思います。ここで現場から離れた一個人が軽々にこんなことを言うのは憚られますが、阪神淡路大震災を身近に経験したものとして、被災者の方々の苦痛は共有できると思います。安部首相が外遊から帰って来てからのメッセージに、「安倍内閣が一丸となって対応する」と言われていましたが、国の危機管理体制において自分の名前を強調した内閣云々というおっしゃり方に違和感を覚えるのは昨今の政治的問題に洗脳されているのでしょうか。首相が不在の時に、幹事長がいちいち首相の了解やメッセージを披露しながら対応している様は、それこそ官邸の危機管理のお粗末さが露呈した感じです。副総理が率先して陣頭指揮をとるのが普通でしょう。阪神淡路大地震では、地震発生後、政府官邸は情報不足で対応が遅れたことは記憶に新しいです。大災害時には都道府県の長の対応(意見)は最優先され、それを迅速に国が補助する、という構図が今回はやや緩慢ではなかったでしょうか。

 

さて、災害の話はこれ位にして、国会での話題である獣医学部新設について、感じたことを書かせてもらいます。私は、大阪大学退職後、学校法人兵庫医科大学にお世話になり、医科大の懸案であった新たな学部作りに関わりました。兵庫医科大学は医学科だけの単科大学ですが、社会の医療系人材養成の要望もあり、薬学部、看護学部、リハビリテーション学部、の3つの学部新設計画を立てていました。特に薬学部は6年制が始まった所で、チーム医療推進を掲げる大学の方針から加えることになったようです。ただ、6年制薬学部は既に認可作業が進んでいて、老舗の薬科大学が既に開設準備にあり、1年遅れで厳しい学生集めになりますが医科大学を持つ強みで薬学部新設も機関決定されました。因みに、学部新設ではなく新大学として設置申請することになり、学長予定者として2年余りで人集めと申請作業を進めました。ここで出て来るのは、文科省の大学設置・学校法人審議会(設置審)、という許認可権を持っている行政の窓口です。獣医学部新設ではドリルで穴をあけられた所です。あらかじめ何度もお伺いをしながらの申請ですが、6年制薬学部については新制度申請初年度で既に旧薬科大学や新設校が認可され、もはや過剰ではないか、という中での我々の申請でした。この薬学部6年制設置は、文科省の規制改革の路線上にあり、どんどん作りなさい、潰れても知りませんよ、という雰囲気でした。申請最終段階で文科省の高等教育局長に挨拶に行ったら、薬学部新設は自由にどうぞと言ったけど、お宅もですか、これからどうなりますか、と笑われておられたのを思い出します。一方、何しろ一度に3学部を持つ大学の設置申請なので、文科省もずいぶん慎重な対応でした。学部3つも同時に申請なんて何を考えているのか、とも言われました。教官の陣容や実習病院、校舎、採算性(法人財務)となかなか厳しい中、開設1年半前にはもう校舎の建築も始まりました。設置審の現地調査は開設前年の秋ごろだったと思いますが、若い審査担当官が建築現場の視察で、ここまで出来ているのに今更不許可には出来ないですね、とつぶやいておられました。加計学園もそうでしょうね。我々はその後許可され、4月開学を向けることが出来ました。もう開学10年が経ちましたが、昔を思いだしながらの、加計学園劇場の観戦です。

と言ったことを、昨今の獣医学新設での文科省の対応をみて思い出しています。文科省の設置審については、以前田中真貴子議員が文科大臣であったとき(2012)、3つの新設大学認可についての設置審承認を、大学は多すぎるとクレームを入れ、ノー、といって物議を醸したことがあります。結局すぐに撤回したのですが、かっての学長ブログでも取り上げ、設置審の種々の問題に言及したこともあります。膠着した委員体制や考え方は、今の論争にも関係するものかもしれません。

話題は文科省の告示で、医学部、歯学部、獣医学部、もう一つあります、の新規申請は認めないというものですが、今回獣医学部でこの告示を突き崩すため特区制度が活用されていますし、全体の印象は、文科省の古い体質が問われています。今は違っているでしょうが、以前の設置審は決め事が時代に合わなくなっているのにそれを金科玉条のごとく忠実に守る、という印象が強かったのを思い出します。しかし、今回の騒動では、やはり穴のあけ方には問題があったと思われます。無理を通すのが国家戦略特区だ、ではないと思われます。プロセスは大事です。因みに、前回書いた「一点の曇りもない」、ですが、やはりこれは言う側の主観的な表現であると思います。

医学部新設も最近、東北と成田に続いて許可されました。私立医科大学病院が経営危機に陥いっていることも報道されています。質の高い医療の提供が進む中で、医師の働く環境劣化、医療への消費税負荷、高齢者医療での高額医療、そして専門医制度への反発、など、医療を取り巻く環境は決して良くなっていません。獣医師問題は医師の診療科偏在、地域医療崩壊、質の低下、大学教官の処遇、など、我が身を振り返る絶好の機会と思いますが、如何でしょうか。

2017年7月1日土曜日

一点の曇りもない


   早いものでもう7月です。関西でも梅雨明け宣言がないまま猛暑が来ています。夏休みまでもう一息、踏ん張りましょう。
 
さて、最近の国会は、国家戦略特区による愛媛県の獣医学部新設で姦しい。その決定のプロセスについての疑惑ありとの野党側の攻勢が、国会閉会後も続いている。そういう中で、「決定プロセスに一点の曇りもない」との総理の発言があり、それ呼応するかの如く戦略特区の諮問会議の民間議員メンバーから、はたま担当の地方創生担当大臣、さらに官房長官まで、一点の曇りもない、と右へ倣え、の発言である。この言葉は政治の世界でこれほど多用され、注目を集めるのは珍しい。しかし、問答無用に似た感じがして何か違和感を覚える。

この言葉は私にとっても曰くつきの言葉である。一点の曇りもない、という結果説明ではなく、一点の曇りもなく、という前もっての言葉であるが。それは、前にも書いたと思うが、臓器移植法か出来て脳死からの臓器移植が可能となった頃、担当行政官はドナーの脳死判定へのプロセスや診断、そしてレシピエント選択の場において、この言葉をもって関係者への警告をする傾向にあった。和田移植の轍を踏まないようにと睨みを利かしているのである。厳しい法律のもとで、また新た出発において、それこそ曇ったことや不信を抱かせることをするわけがない。法成立後20年間、関係者は性善説で守られながら、最大の努力をしてきた。しかし、時に性悪説が顔を出す。その時の言葉が、一点の曇りもなく、であると思っている。

現在の移植現場でも何か議論のある事態があると、「一点の曇りもなく」が出てくる。法律の運用においていまだに行政が口にする言葉である。私に言わせれば、和田移植の呪縛がまだ生きている、ということである。心臓移植が円滑に再開されて、此の呪縛は消えたはずではないか。しかし、移植医療の新たな展開になるのではという議論の場面でこの言葉が使われることが問題なのである。大事な局面で、恰も水戸黄門の御朱印のごとく登場する。また医療者側がそれをあたり前と思ってしまっていないか。まさに上位下達方式で、移植医療が萎縮してしまう。

何故これに拘るか。移植医療の第三の展開をしようとする現在、この言葉は現場を萎縮させ、新たな進歩を阻む恐れがあると思う。何も法律違反、条例違反、をしろ、勝手にさせろ、とは決して言ってはいないいし、そういうことは出来ないしない。しかし、此の膠着した移植医療の現場を何とか変えていこうとするならば、前向きの議論も欲しい時がある。その時に此の呪縛的な一言をあえてお役人に言わせない、というのが移植に関わる専門医療者の矜持ではないか。 

政治の場面で今目立っているこの言葉はこれから更に頻回に使われて、本当の議論が疎かになりはしないか危惧しながら、臓器移植での使われ方についても気になっているので紹介した。ない、と、なく、の違いはあるが、私見を書かせてもらった。
 

2017年6月27日火曜日

藤井聡太四段、29連勝の快挙


 将棋の藤井聡太四段の公式戦29連勝という快挙に日本中が沸き返っている。14歳での偉業に感心どころか驚きで、藤井四段の頭には最新の将棋ソフト、いやAI、が埋まっているのであろう。囲碁も将棋もコンピューターの格好の餌食になっているが、将棋はこれで大いに挽回し、将棋界も面目躍如である。医学の世界もAIが席巻しようとしているが、一人の人間の頭、大ベテランでも然り、培った医学知識はAIに到底及ばない。医学ではコンピューターとの挑戦は意味がないが、そのうちTV番組で、一人の難病の患者さんの診断と治療の選択を、研修医(ベテラン医もあり)対コンピューター、なる対決があるかもしれないが、勝負は決まっている。しかし、医学ではAIとの連携がこれからの大事な道になる。医学教育ではどうか。6年間の内34年の沢山の知識詰め込み講義と試験は要点だけ残して、AIを如何に活用するか、に代わるであろう。そして、重要な基礎知識の習得は必須であるが、その後のAIと付き合うための応用力の基礎となる頭作りが必要になるのか。柔軟な頭と応用力を備えた若い医師がこれからの医学・医療を支えるようになるのか。
 
 医学部教育ではAIを上手く使う頭を鍛えることが要になるのではないか。ただ、そんな医師ばかり作っても、大学病院やがんセンターなどではいいが、地域医療、へき地医療、在宅医療、介護や終末期医療には向かないであろう。ということは、これまでの知識詰め込教育の基本は変わらないで、それを終えた後にAI用ブラシュアップ教育が重要になるのか。医学部での教育だけでなく、生涯教育も変るのか。こういうAIの話は、診断学や抗がん剤治療での活躍が期待され、言い換えれば内科系の医学での話でもある。でも外科は関係ないと言ってはおれない。AIもどき手術ロボットが押し寄せてくる。外科もうかうかしてはおれない話である。
 
 将棋の世界から医学の世界をコンピューターという共通語を使って垣間見たような話でやや無理のある展開になったが、何れにせよ素晴らしいという言葉を通り越し、興奮と驚きでもって藤井四段の快挙を見させてもらった。

2017年6月24日土曜日

続けることにしました


 このブログもそろそろネタ切れでもう閉じようかと思って、徒然なるままに、というエピローグを2回書いたのですが、この間に大阪での学会に二日ほど出てきました。自分の整形外科的な問題で最近はあまり学会出席は限られていたのですが(フットワークが悪いということです)、教室の同門の方が会長でもあり、最近注目している成人先天性心疾患のセッションもあり、出かけてきました。そこで、前から学会でお会いする方で先天性心疾患専門の中堅心臓外科医がおられ、時々私のブログへのコメントを頂いているのですが、その方が、先生止めないで下さいよ、いつも楽しみにしているのですから、と言われてしまいました。学会とかで“ブログ見てますよ”、と言われることは実際殆どないのですが、この先生は私のものの見方に共感を持たれているのでしょうか時々声を掛けて下さいます。ということで、この先生に背中を押されて、考え直してもう暫く続けることにしました。これはあらかじめ作ったシナリオではありませんので、誤解のないようにして欲しいと思います。

さて、今回の関西胸部外科学会でのトピックスを上げると、毎度のごとく新しい機器(デバイス)の登場が目立ちます。大動脈瘤へのステントや新しい人工弁など、外国製のものが軒を連ねています。その背景には、低侵襲で手術を安全に、という強いコンセプトがあります。もう危険度の高い手術ではなく胸を開かないカテーテル治療で済みますよ、です。では心臓血管外科医は何をすればいいのか。一生懸命新しいデバイスの開発や導入をしても、その先には外科医のいない手術室で内科医か放射線科医が仕切っている、という像が浮かびますし、実際我が国でもそういう状況が始まっています。
 
最後に紹介されていたのは、縫わなくていい大動脈弁、でした。人工弁手術は外科医が修練して糸で縫って固定していくのですが、それには手術の時間が掛るので、縫わないでそこに置くだけでいい、というものです。子供だましですが、手術時間(心臓を止める)が30分短くなるのと、術後に漏れが出たり外れたりする危険とどちらを選ぶのか、私には答えは明確です。しかし、新しいものが好きな人たち(かって、私もそうだったかもしれませんが)には簡単に植えられるものに、そして何かしら新しいものに魅力を感じるのかもしれません。基本的外科手技の修練をする必要のないデバイスが登場しても、担当外科医が急にトラブルが生じたときの緊急手術が出来ない、というとんでもない事態が起こるかもしれません。あるいは、シニアーの心臓外科医がそういった緊急時のためだけに別室でじっと待機している、という情けない状況も出て来るかもしれません。漫画になりますね。

そういうことで言えば、私のルーツである先天性心疾患外科では、特別の修練と経験、そして努力で出来上がった専門小児心臓外科医が活躍しています。そういった演題を聞いていると、若返ってきますし、その場に入って議論をしたい、と思ってしまいます。その結果、老害的な?発言が出てきてしまいますが、若い人に良い意味で刺激になればと自己満足しています。自分の現役時代に議論されていたテーマが、多くは解決しながらまだ続いている話もあります。あるいは、歴史ではないですが、また繰り返している、ということもあります。でも小児心臓外科は、デバイスに翻弄されないで、腕が勝負、の世界が続いています。

今回の学会で先天性心疾患の話題が多かったのですが、その特徴は対象が若年でなく成人の演題が多くなっていることでした。症例報告が多く採用された学会であったからかも知れませんが、成人先天性心疾患の手術が増えているということでしょう。その成人先天性心疾患をまとめたパネルディスカッションがありました。その中で、新しいデバイス(人工心臓ではない)治療や再手術、お産の話もあり、皆様の努力には感心しました。でも、根治術後や姑息術の遠隔期の心不全症例で、最後の砦でもある補助人工心臓(移植への橋渡しのみが保険適応なのですが)への取り組みが施設間で異なっていることも気になりました。心臓移植となると施設が限られるのですが、補助人工心臓でいうと移植施設の連携施設として条件をクリアすれば認定を取れます。
 
また、成人先天性への心臓移植は現実的ではないのですが、適応となるであろう、また残念ながら亡くなってしまったが心臓移植をしていれば助かった、という症例があるはずです。そういう症例がどの位あって、またどの時点を超えれば予後が悪いか、学会等で調べて行こう、という動きがあります。小児循環器学会のリーダーである座長の先生もこのことを強調されておられました。是非進めて欲しいと思います。因みに、私が成人先天性疾患と心臓移植についてまとめた総説(英文ですが)が丁度雑誌に出たので、タイムリーな話題であったと自分で勝手に満足?しています。
 
とうことで、またぼちぼち書かせてもらいます。お付き合い下さい。

写真は上記の論文の最初のページです。日本胸部外科学会には英文雑誌があり、そこで採用してもらいました。