2016年8月25日木曜日

夏休み

  残暑お見舞い申し上げます。関西は相変わらず連日の猛暑が続いていて、雨も殆ど降らず、もう8月も終わりなのに秋の気配どころではありません。このままでは地球はどうなるのでしょうか。

大変ご無沙汰をしておりますが、なんとか元気にしております。ブログのネタは夏枯れといってしまえば楽ですが、何かを探す気力が薄れたのかも知れません。今年いっぱいは何とか続けてみようと思いますが、そもそもタイトルが自分に合わなくなっているのかも知れません。ということで、気楽な題材で暫く書いてみようかと思います。

ここ何年かは夏休みと言えば近場で済ましていますが、この夏は岐阜県に行ってきました。行き先は大垣城と関ヶ原古戦場跡巡りにしました。何故大垣か、ということですが、NHKの「鶴瓶の家族に乾杯」で紹介されたからです。山本耕史(真田丸の石田三成役)とのコンビで、大垣城や関ヶ原古戦場跡、養老の焼き肉街道、など楽しく紹介していたので、真田丸のこともあって歴史探訪となりました。
関ヶ原古戦場跡は始めて行きました。東西の交通の要所であることを不破関跡で再確認しましたが、合戦上跡では光成の陣屋があった笹尾山(山というか丘の感じ)に。ここから各武将の陣屋の場所を想像したわけですが、天下分け目の合戦があったにしてはのんびりした場所でもありました。たった一日で決着がついた戦いを想像するにはあまりにのどかな気配に時代の流れと言いますか400年の歴史を感じました。
大垣城も始めて行きました。街の中心のビルが立て込んだ中に天守閣だけが復元されていました。とはいえ周囲には堀の後や屋敷跡が覗われ、歴代の城主である戸田家の記念館もあり、当時を偲びながらの散策。堀は今も運河として残されていました。TVの放送をフォローして商店街で水まんじゅう入りのかき氷で一服。大垣は松尾芭蕉の奥の細道の終点(むすびの地)でもあり立派な記念館が建っていました。その足蹠を見て驚くのは、関ヶ原古戦場跡の戦いから80年ほどして江戸から出発し、奥州、北陸道をへて大垣まで全行程2千キロを超す行程を2年ほどで踏破していることです。歩くだけでなくそれぞれの地で歌を歌い、地域の人々と交流しながらです。芭蕉は大垣に4回訪れたそうですが、ここがむすびの地となっています。芭蕉の有名な句、「夏草や兵どもが夢の跡」は平泉ですが、関ヶ原古戦の合戦場跡について芭蕉はどう読んだのか、記念館では見落としたようです。大垣では「蛤のふたみに別 行く秋そ」がありました。
焼き肉街道は通っただけですが、養老の滝は暑い中でしたがしっかり歩いて行ってきました。帰りには養老サイダーで一息。ここの水は古くから(700年ごろ)天皇が若返りの水として重宝したそうです。養老は今で言えば年寄り相手の言葉のようですが、語源的には「養」にアンチ(抗)、という意味があったのですかね。


後書き;下記は既に投稿してました。二重投稿ですいません。

ということで、関ヶ原古戦場跡、大垣巡りの紹介でした。真田丸と言えば、7月に福岡であった学会中に唐津までJRで脚を伸ばし、そこからバスで名護屋城跡も見てきました。朝鮮や明への派兵のために、この場所にこんな大きな城を作った秀吉の天下人としての力には驚嘆するものの、それ以上に負の側面が大きかったことに心が傷む感じでした。丁度終戦記念日も近く、そこに太平洋戦争にも繋がるものを感じてしまいました。




                                 


これは名護屋城跡です。

2016年7月30日土曜日

新専門医制度、先送り決まる


   暑中お見舞い申しあげます。 皆様如何お過ごしですか。7月も何とか複数の投稿となりました。なお、前回の薬剤師さん関係の投稿には、日本在宅薬学会の皆様から沢山アクセスがあったようで感謝です。

 新しい制度の開始は294月開始へと当初予定から1年先送りとすることが、リセットされた専門医制度理事会で決まり、公表された。日本外科学会の専門医制度関連の協議会でもこれが了承され、28年度はこれまでの制度で継続することも了承された。1階部分の専門分野(学会)の対応は基本的にはこれに従うが、これまで精力的に準備してきた学会はある意味前倒し的な移行も考えているようで、そこも今後の混乱の種になるのではないか。

新たな機構への出直しの実態が機構の社員総会議事録や新たな理事メンバーを見ると分かってくる。前にも書いたが、この制度改革はあくまで我が国の医師の卒後3年目から生涯教育の基本作りであり、質の担保と標準化であって地域医療や診療科偏在云々は二次的なものである。しかし、県知事や厚労大臣まで出て来るに至って、またこれまで傍観的であった日本医師会が中核的に乗り込んできてしまったのは何故か。本来求めてきた医師の質の担保と専門教育の仕組みを生涯教育の中できちんと制度化し、グルーバルな視点での我が国の医療の向上を図ったものが、一部の地区であろうが地域の自治体病院や中核病院の医師の不足に拍車をかけるという喧伝に惑わされたものと理解している。

私もかって新制度改革でもって診療科偏在や地域医療崩壊の是正を、と書いたことがある。これは何も行政に尻尾を振ったものではなく、医師のプロフェッションが何もしないで漫然としていたらそのうち地域医療を崩壊させたのは医師集団だと、社会からのバッシングが来ることを考えろ、という趣旨である。お上から指図される前に自分達が先取りしないと、ということであったが、杞憂は現実となったようで大変残念である。

正直なところ、新制度実施に向けた第一次機構理事会(今回解散したもの)の問題もあるが、広報と説明不足があったとはいえここまでひどい結果になったのは、根幹にある専門医制度改革理念と各医学系学会の思惑(立場、学会会員確保)の違いと共に、我が国特有の大学医局制度、大学院制度と関連病院人事、とこの制度改革とのミスマッチであろう。このところを正面切ってではなく、何とか柔軟に双方のメンツも保って、という思惑が瓦解してしまったともいえる。実際、新たな機構理事会メンバーを見ても誰しも驚くことは、アドバイザー的な役割を果たすべき人が理事になっている訳で、これまで積み上げてきたところを1年で軌道修正するには実務者的な人がいるのではないか。再任が二人だけというのでは卓袱台をひっくり返したに等しいのではないか。新理事会はまさに船頭多くして船山に上る、ということになるのではないか危惧するが、これまで理事として頑張ってきた方が新理事長であることが唯一の救いではないか。

というわけで、新たな機構の船出に対して厳しいコメントではあるが、こういう意見が既に出ていることは関係者の周知のことであり、後付けながら書かせてもらった次第です。

大変暑い日が続いていますが、皆様熱中症にはくれぐれもご注意を。と言ってもこれは自分へのことでしょう。

追記 日本外科学会の会員へのお知らせを掲載します。来年4月から後期研修を外科で開始しようとする人への案内ですが、旧制度で行うので問題ないとされています。 一方、新たな制度でのプログラムとして学会が認めた188についても見切り発車を認めています。来年開始の研修医はある意味ダブルスタンダードでトレーニングが進むわけです。この188プログラムは新機構での承認がまだ出来ていない訳ですが、それを仮発進させるということは、地域医療が混乱すると社会的問題化している中で、自分たちは何ら反省というか振り返りがないのはどうかと思います。外科希望者を大事にするということですが、自分たちを大事にすること、自己組織温存、という考えが気になります。








2016年7月24日日曜日

在宅薬学会

 暑中お見舞い申し上げます。7月になってやっと一つアップです。夏バテでしょうか。

今回は薬剤師のチーム医療のなかでの最近の動きについて、久しぶりのテーマですが報告します。


先般、大阪で第9回日本在宅薬学会学術集会がありました。理事長というか仕掛け人は大学医局の後輩の狭間研至博士です。「外科医、薬局に帰る」の狭間医師で、薬剤師のバイタルサイン講習会の推進者でもあります。超高齢化社会の医療のなかで社会性が高い在宅医療ですが、国も地域包括ケア施策やかかり附け薬局を提示しています。そういうなかで薬剤師の新たな役割が出て来るところを先取りして7年前に学会にしたわけですが、私は学術顧問という格好で兵庫医療大学在職中から関わっているところです。6年制薬学教育が始まって10年、新制度薬剤師が世に出されて4年になる計算ですが、新制度薬剤師の活躍の場として在宅がどういう位置にあるのかという興味もあります。またかねて提唱してきたチーム医療の在り方を考える上でも在宅医療は大変重要で、特に薬剤師の役割次第で在宅医療の改革も進むと思われます。

今回の学会のメインテーマは「薬剤師の果たす使命、負うべき責任」、としており、それを多方面から議論した学会でした。行政、医師を交えての議論で盛り上がり、個別テーマでは、在宅療養支援はもとより地域包括ケア、健康サポーと薬局とセルフメデイケーション、ポリファーマシー、薬薬連携、機能性食品、認定薬剤師、摂食嚥下障害、そして薬学実務実習、と多彩でした。学会の様子は学会のHPで見ることが出来ます(congress.jahcp.org)。全体に紹介はさておき、個人的に興味があったところを幾つかピックしながら、学会参加記、とします。

 行政からとして、厚労省に長くおられ今は国立がんセンター中央病院に移られた中井清人先生が講演されました。薬剤師への期待も大きく、在宅の現場から薬剤師が関与したらどう変わるかのエビデンスを作って日本の医療のなかでの薬剤師の役割を強めて欲しいという熱いメッセージでした。次いで、在宅でよく話題になるポリファーマシーについては、かかり付け医師、かかり付け薬剤師の連携でもって在宅患者の投薬一元化が求められ、これに対して現場からの種々の意見が交わされました。自治体病院では地域医療連絡支援室がこの問題を意識して薬剤師と共に取り組んでいるようです。この問題は薬剤の副作用とともに無駄な投薬、医療費無駄使い、という二面の問題がりありますが、処方を出す医師側への取り組みも神戸大学病院から提示されました。この学会の前に別の医療関係のセミナーで、臨床現場での薬剤師の役割、というものがあって参加してきたのですが、地元医師会のお偉方も来られていました。ポリファーマシーについては処方箋を出す医師側の問題意識はそう高くなく、特に開業医ではその傾向が高いのかと思ったのですが、実は中核的総合病院の薬剤部長さんの言ではこの課題への病院(医師側)の取り組みはあまり現実的ではないという話でもありました。この問題には地域性があるように感じました。

地域の中核病院の話としては、特別企画(ランチョンセミナー)で神戸中央市民病院薬剤部橋田亨部長の話がありました。地域の中核病院として確固たる実績を上げている病院ですが、その中で薬剤師レジデント制度について紹介されました。この薬剤師レジデント制度は私が兵庫医療大学時代に力を入れた一つで、その後どうなったかも含め興味があったところです。橋田部長はこのレジデント制度の牽引役でもあり、中央市民病院で実績を上げていることが良くわかりました。また全国的にも当初の兵庫医科大病院を皮切りに今やかなりの病院でこの制度が広まってきています。神戸中央市民病院では新卒者だけではなく、現役の薬剤師さんも参加していることからも薬剤師の生涯教育のかなで立場が認識されてきているようで大変嬉しかった次第です。6年生薬剤師の新卒者の就職先が調剤薬局やドラッグストア―にシフトして病院薬剤師への道が拡大していない現状で、このレジデント制度をどう活用するか、現場(大学病院など)の意識改革が要ると改めて感じています。まずしっかりとした処遇対応をしないといけないとのではないでしょうか。

 薬学教育についても講演があり、学生の実務実習の見直しがされるようで、平成30年のコアカリ改定の紹介がありました。これまでの5カ月間の期間を病院と薬局に二分して、それらの連携もなかったことから、この二つをかなり融合させるような柔軟な対応がとられるようです。それはそれでいいのですが、実習期間については事前学習を含め全体で6カ月というのは変らないようであります。当時から、いろんな席で6カ月では短いと主張してきたことを思いだした次第です。とはいえ、実習受け入れ病院や指導できる調剤薬局の数も含めた体制が整われない限りなかなか進展は難しいと思います。

 学会参加者が1500人ほどで、年々増えていて盛況ですがまだまだ小さな組織であり、ここ数年が正念場と言えます。バイタルサイン、チーム医療(多職種間連携)、かかり付け薬剤師、というキーワードに加えて次に何を持ってくるかが問われていると感じます。学会のテーマである「薬剤師の果たす使命、負うべき責任」を考えると、「社会が認める新たな時代の薬剤師作り」、でしょう。そのためには、認定制度を含めしっかりした継続教育と多職種連携のなかでの実績作り、が求められます。

 以上、摘み食い的な紹介でしたが、薬剤師は変るぞ、という熱気がむんむんとした学会でした。医師も頑張らねば、です。

 写真は、関係ないですがその前にあった福岡であった学会で、唐津まで足を延ばして、名護屋城跡を訪れてきました。真田丸に刺激されての訪問でした。




2016年6月30日木曜日

何処に行くのか新専門医制度 Leave or Stay?

もう6月も終わりで明日から年の後半に入る。今月の世界ニュースは何と言っても英国の国民投票でEU離脱(Brexit)が決まり、世界を驚かせた。これから欧州はどうなるのか、いや世界は、そして日本は、と何かが起こる連鎖の始まりのようである。アメリカは集団銃殺害事件があっても銃販売規制は変えないという西部劇時代の延長緯線にあり、先日はイスタンブール空港でのテロと、世界の政情は不安定である。同時にアメリカの存在感も薄れてロシアと中国が好機到来と権力拡大を図る様子が窺える。一方我が国は舛添東京都知事辞職でマスコミも政治家もそれぞれの本来の役割は何かを自覚しない未熟さを露呈し、参議院選挙をみると衆議院の選挙と変わりなく、政治も社会も国会の二院制とは何かが全く分かっていない、というか無視した状況で、我が国の議会制度は今後どうなるのか懸念される。選挙権年齢が18歳以上に引き下げられたが、急に選挙と言っても、今の若者は普段から自分の考えを持ってそれをしっかり人前で言える訓練が出来ていないし、新聞は読まない、ネットやスマホ依存、社会への無関心、という背景がある中での選挙である。そもそも選挙年齢の引き下げより議員の数を減らす方が先ではないか。

今回は社会問題ともなりつつある新専門医制度について動きがあったので紹介する。いよいよ来年から新制度が始まろうとするなかで、新たな制度では地域医療が崩壊する、という時期尚早論が大合唱的に病院関連の団体や地方の行政側、そして日本医師会から出て、実施計画にブレーキが掛かったことは紹介した。地元兵庫県も井戸知事が関西広域連合の代表として各知事の連盟で待ったを掛けてきた。専門医制度を取り仕切る機構が問題であり、組織構築の改革が必要との意見が日本医師会主導で急速に進んだ。そして、先日、新しい理事会構成員が決まった。理事が20名以上という大組織で、これまで新制度移行に手弁当で頑張ってきた理事はほとんど再任されず、日本医師会寄りのメンバーが連なっているようである。兵庫県井戸知事も理事の一人とは失礼ながら何をかいわんや、である。学識経験者も多いが、医師の生涯教育に精通した方ではなく、この機構は何をするのかが全く分からない。というか、これまで作ってきたものを一からやり直す、ということにしか見えない。それは許されないであろう。

私自身が旧機構で担当したのは制度の要ともいえるプログラム制の基準案作りであった。その後の新機構の理事ではなくなったので最後の準備には関与していないが、当時の作った側から見て新たなプログラム制の問題点を敢えて言えば基幹施設の決め方であった。2004年開始の新臨床研修医制度の登場で痛い目にあっている地方大学にも光を、ということで基幹施設(プログラムの取りまとめ役)を大学病院主体とし、一方で地域医療の維持、医師の偏在を助長させない、ということを忘れないで何とか踏み出そうとした。基幹施設は大学病院だけでなく地域の中核的総合病院も可能としたが、いざ準備を始めてみると(内科外科といった基本領域のみでの準備)、大都会の大学病院が張り切ってこれまで以上に人集めをするような気配が出てきたし、実際にある県では外科プログラムが大学一つという案や、全国に散らばった関連病院を全部まとめて広域のプログラムを作ったり、大きは大学医局がこれ機会に教室員集めに乗り出した。ということで地域医療を何とか改善しようとする側からの不安感が出てきたようである。これを見て、地域の行政(県立などの公立病院の医師を掌握している)が医師会と共に異議を唱えるに至った、という背景と認識している。医局講座制という我が国の独特の仕組みが医師の配置や地域寮への貢献があるにも関わらず新制度のスタートで足を引っ張ったとも見れる。本意ではないが、外からはそう見られてしまったところが誤算であろう。

ネットでも今回の騒動で機構と厚労省がやり玉(悪者)に挙げられているが、注意しないといけないのは、地域医療とへき地医療を混同している所である。それと機構が何とか厚労省の目論みの医師偏在是正をそのまま制度で導入するのではなく、結果としてそういう方向が出ればいい、という所に持って行って、医師というプロフェッションの矜持を維持すべく努力していることへの理解不足であろう。この専門医制度を悪とするなら、医師の質の担保と生涯教育の制度つくりは昭和時代に逆戻りし、世界から笑われ、国民が期待する良質の医療が提供でいなくなる恐れがあることも理解すべきである。

とはいえ、新理事会の構成員をみて日本医師会よりと思わずにはおられない。それが悪いという訳ではないが、日本医師会はこれまで勤務医主体の専門医制度には無関心で、医師の生涯教育制度構築については海外との大きなギャップを残したままであることを忘れてほしくはない。覇権主義的に走っているのではないかと危惧する。今求められているのは、プログラム認定基準の基幹施設の所を修正することである。これで心配事はほとんど解消されるのであって、これほどの機構そのものの大改革は必要がないはずである。地方の医療に関わる方々の懸念を払しょくするプログラム認定基準の一部改訂が済めば、また元に戻るくらいがいいのではと思う。現職知事さん始め大御所ばかりが集まっても、皆が利益代表的に集まっては収拾が付かないであろう。実際、大御所は理事ではなくご意見番での参加が本来の姿であろう。船頭多くして船山に上る、にならないよう願う次第である。機構の予算も乏しく、というより予算基盤がない状況で、20人以上の理事や監事が手弁当で集まる理事会も、交通費だけでも大変と思う。

新しい専門医制度の目的が正しく理解され、潰すのではなく何が問題でどうしたら良いかの論点整理改めて行う必要があるのではないか。今の機構の努力がなぜこういう破たんともいえる状況になったか検証も必要であるが、今は前向きに議論を進める時期である。要は、次世代の医療を担う医師を目標を持たせて育て、その人たちが十分活躍して日本の医療をさらに発展させることであり、その為には専門医制度が要るという共通の理解が要る。一方で専門医資格取得へのインセンティブを堂々と要求するには、まずは今しっかりと制度作を始めないと社会は付いてこないことも理解すべきであろう。

追記、外科専門医制度とその2階の部分は既に十分準備が出来ているので、新機構の意向とどう向き合うのかが注目される。Brexitのような新機構離脱、とはならないとは思うが。
Leave or Stayが我が国でもあるのか。


2016年6月27日月曜日

医療ツーリズム、上海で会議

最近、海外、特に中国からの日本での健康診断や治療に来られる方が増えている。その背景には、日本の医療が進んでいることや医療費が欧米に比べて安いなどがあるが、政府の方針も後押していて、医療観光や医療ツーリズム、という言葉が賑わうようになっている。政府の後押しというのは、2010年に民主党政権時に「新成長戦略」に外国患者の受け入れの促進が盛り込まれ、その後現政権でも経済産業省がアウトバウンド・インバウンド双方向に力を入れている。戦略としてその支援組織、Medical Excellence Japanを立ち上げ、特に外国人患者受け入れ事業を支援している。海外からの患者受入数はここ45年で年間数万人から倍増する勢いで、2020年には40万人を越える需要があるという。
医療ツーリズムを進めるには海外の患者さんの募集から受け入れ施設を決めたり、費用の面や医療通訳のことなどでかなりしっかりした支援体制が要る。そういうコーディネーター役をする所も増えてきて、これには旅行関係の企業も積極的に事業展開し、受け入れ病院も各地域や専門病院を確保している。私が神戸市ポートアイランドにある公益財団法人神戸国際交流財団に在籍している時に、インドネシアの肝移植希望患者さんを受け入れるキフメック病院が近くで立ち上がったが、地元の医師会は生体肝移植についてかなり強硬に反対していたし、神戸市中央市民病院などの公立病院は市民や県民の医療で手一杯で、海外の患者を受け入れる余裕はない、という雰囲気であった。
今回、このテーマを取り上げたのは中国からの患者さんの国内での受け入れ事業に若干関与することになったからである。元々は岡山の医師と上海の医師の間で医学交流を推進する企画が始まり、私も嘗て西安第4軍医大学と阪大医学部の研究連携に関わったこともあり、お手伝いすることとなった。そして医師間の交流とともにその延長で両地区の華僑の方々の支援で医療ツーリズムの企画が始まった。今回、その中国側の拠点が上海に立ち上がったので出かけてきた。
一泊二日の慌ただしい行程であったが、医療ツーリズムはさておいて、上海訪問を楽しんで来たので書かせてもらうことにした。上海は阪大時代の西安訪問の帰りに一度寄ったことがあるだけで、今回は2度目であった。関西空港から上海までは直行便があり、2時間前後で着いてしまう随分近くなっています。上海側拠点事務所のキックオフ記念会は中心部から少し離れたホテルでこじんまり行われたのですが、日本側は岡山大学の代表(岡山大学のオフィスがある)や岡山の心臓病の中核病院の代表、そして日中友好協会の役員の方も参加し、中国側は行政、医療機関(大学病院)の代表に加え、元上海副市長、そしてなんと片山上海日本国総領事も来られ、盛り上がりました。上海事務所は上海市の許可をもらっていて、上海側にも医療ツーリズムへの期待が高いことが覗われた。因みに上海は国の直轄市であり、人口1400万人の中国最大の都市で、我が国へのビザ発行数も第1位、直近ではディズニーランドが開場し関空からの旅行者も多いという。
上海元副市長の年配の女性が来られていたが、名刺を見ると宋慶齢記念基金財団の理事長さんと読める。中国語は全く理解できないが、華僑の方によると孫文の話しも出てきて、歴史の重さを感じた。宋慶齢とは蒋介石夫人であった宋美齢の姉で、孫文夫人となった方で、有名な宋三姉妹の話しである。以前の西安訪問の時に楊貴妃が通った有名な温泉場、華清池を案内してもらったが、そこには1936年の西安事件で蒋介石が隠れていた部屋の窓ガラスが張学良軍の攻撃で破れたまま残されていたのが思い出される。蒋介石の本拠地は上海であり、ここから西安に向かったという歴史がある。そんなことを聞きながら、そう言えば上海は日中戦争では反日の大拠点でもあったことを思い出した。主に日本であるが以前から歴史物語を読むのが好きで、最近は船戸与一の「満州演義」を読んでいるので、このような話は興味がある。総領事との会話も得難い経験で、我が国の医療や医学教育について意見交換できたことは有難かった。
翌日は新しいオフィスを訪問後、時間があったので明時代にできた公園、古猗園、を訪れた。その中に満州事変を記念した小さな建物があり、説明文には「日本兵による残虐事件を忘れるな」とあった(英文説明)。日中では過去の歴史を見る目が違う、ということを垣間見たようであった。その公園に連れて行ってもらった目的は、隣にある食事処にあった。上海料理と言えば小籠包であり、そのレストランが一番おいしい、ということであった。小籠包だけでなく多彩な上海料理を堪能させてもらい、最終便で関空に帰ってきた。
さて、肝心の上海との医療ツーリズム活動はこれからで、私は学術交流面での立場と共に兵庫県の病院での展開も支援できればと思っている。上海や中国の歴史を学び直してまた訪問したい。充実した2日間であった。


2016年6月21日火曜日

米国専門医制度、外科レジデントの勤務時間

新専門医制度が始まろうとしているがどうも予定通りには行かない雰囲気がある。新制度の目的は、医師の生涯教育の最初の10年程の研修を各制度でばらばらにならないよう標準化し、外部からみても質の担保が出来、国民から信頼される医師を育てていくための生涯教育の仕組み造りである。グローバルに見ても評価されるものにしていくための改革であると思っている。そのためにはプログラム制での施設認定とピア-レビューが不可欠であるが、地域医療を混乱させたり医師の偏在を助長したり、一人前になるまでの期間が増えたりする、といった誤解とも言える疑問が出てきた。その背景には、一つにはプログラム制への理解が出来ていないことと、今の何が悪いのかというある意味固定観念的なものが根強いことと、加えて手続きが煩雑であることや、基幹施設になり難い大学病院以外の中核病院からの不満、も加わったのであろう。地域医療が崩壊するという意見が猛然と起こってきて関西広域連合の提起もされるまでに状況は混沌としてきた。こういう危惧がないように周到な準備と説明が必要であったはずが、スタート時期が決まっていて準備不足のまま来て今があるのかと思う。別の背景には、厚労省主導なので初期臨床研修制度の問題点をこの機会に改めるという姿勢の欠如もある。また、一部の大学、特に都会の大きな大学病院(講座の力が強い)がこれを機会に医局員を更に沢山集める、という動きをしているのではないか、と心配している。今回の改定は、大学病院がしっかりと医師の生涯教育の責任も果たすよう良いプログラムを作りながら地域医療の問題を改善していって欲しいという趣旨であったが、大学の教授の先生方の考えは従来の医局制度から離れられない、ということが理想と現実の解離の背景であると感じられる。

久しぶりの投稿であるが、書きたいのは上記の我が国で問題となっている新専門医制度のことというより、関連する米国での話しである。米国では専門医資格を取るための研修中の医師はレジデントと呼ばれる。卒後5-7年くらいの間、学会や第三者機関がしっかりとプログラムの質と個人の修練を管理しているが、その機構(ACGME)は各学会や各専門医制度と連携し、世界の標準となる制度造りを行ってきた。その中で、レジデントの勤務時間の管理は大きな仕事であった。今は、週80時間ルールがあり、四半世紀も守られている。以前にも紹介したが、1980年代後半に連続勤務が2日や3日が強いられていたレジデンが、過労のために的確な判断が出来ずに、間違った投薬で若い女性患者を死なせてしまった事件が起こった。亡くなったのはLibby Zionとういうか方で、その父親がジャーナリストであって、その事故の背景を調べ、当時常識であったレジデントの長時間の連続勤務が的確な臨床判断を出来なくし、医療事故が起こる背景にあることを訴えた。その結果、レジデントの勤務時間を週80時間以内とする法律(LiBBY法)法が出来た。
我が国で臨床研修制度(卒後2年間)が導入されたときに勤務時間の設定が議論され、また若い医師の過労死問題も起こり、各病院は医師の勤務時間の管理を行うようになった。これは労働基準法での管理であり、初期研修医は週40時間、という決まりがあり、給与が付く夜勤や時間外勤務は対象外でという雇用制度でもある。こんな9時―5時、土日休み、ではろくな研修が出来ない、この制度はいったい何を目指しているのか、という議論をした。しかし、労基法での縛りと厚労省の指針もあって、医師に成り立ての大事な2年間の研修時間が米国の半分である。甘やかされた制度でもある。外科研修から見ると、長い手術にも入れないし、術後の管理も出来ない。無論、研修病院によっては雇用契約が違うので一概には言えないが原則ではそうである。しかし、専門医修練である3年目以降は常勤医師であり、当然時間外手当が付く。従って週40時間という制約はない。しかし、80時間というような上限は設ける必要はない。あくまで労基法管理下であるから、とても80時間は無理である。そんなことをすると病院が労基法違反に問われる。
米国ではなぜ今も80時間制が守られているのか。それは長いレジデント制度のなかで培われてきた仕組みが簡単に変えられないことと、レジデントは安い給与でのマンパワー確保のために必要であるからと思われる。また、その後は補足的に、連続勤務時間を16時間まで、オンコール(当直)は3日に一度以内、夜勤の翌日は朝から帰れる、などで緩和されてきている。しかも、この時間制約を守らないと研修指定病院から外される、というペナルテイーもあるから、手術中にもう時間ですから帰りますと言われたらダメとは上司は言えない、といったことが生じている。この80時間制度について興味ある報告が最近の雑誌に出ている。New England Journalof Medicineの最新号(616日)に外科レジデントの勤務時間、という短い報告である。それは、この80時間ルールがどう守られているかの調査結果である。1003人の外科レジデントへのアンケートで、80時間ルールを超えたことがあるという答えは71%という高率であった。理由は、仕事が終わらなかった、緊急と長時間手術、患者ケアー、種類書き、などがあるが、外からの圧力や病棟を離れることへの罪悪感、などもある。非現実的な制度であり、しっかり守られてはいない、という状況である。
この報告は、若い外科医の初期修練での時間制約ルールは決して望ましいものではなく、より柔軟に、かつ効果的なものに修正していくべきではないか、というメッセージで締めくくられている。産科のレジデントでも同じような状況とも書かれている。手術に参加し、術後管理をすることで育てられる外科医の教育環境は時間で制約されるのではなく、内容と健康面やメンタルなことからの配慮でもって改善されていくのか。日本での新たな外科系専門医制度では働く環境の大事さもプログラム認定で謳われているがどうなるのか。ちなみに、扱う手術症例数が違って米国では半端ではなく多い、という背景もある(忙しい)。また、獲得された専門医資格の重みもかなり違って、資格取得後の処遇はとんでもなく違うことも認めざるを得ない。専門医制度でのプログラム制導入が米国の制度の表面だけ見習って中身はほど遠い、と言われても反論できないと思ってしまう。


2016年5月25日水曜日

医療事故調、その後

 本日の新聞やNHKのニュースで医療事故調査制度の見直しを厚労省が決めたことが報道されている。昨年10月に始まった新しい医療事故調査の制度が発足後半年程度で内容の見直しをするというものである。基準の見直しになるのか、説明を修正するのかは分からないが、その理由は、予想に反して医療機関からの届け出が少なかったことによる。この4月の報道では、医療事故調査・支援センター」を運営する日本医療安全調査機構は制度開始から半年で188件と発表した。当初の予想では年間2000件はあると言うことであったが、予想外の少なさは医療機関のこの制度への認識不足や施設内委員会構築などの準備不足もあるが、要は届け条件の「予期せぬ死亡事故」が曖昧で、医療機関側が判断に迷うことが多いと言うことである。厚労省は関係機関が集まって協議会を造り、統一の判断基準を検討するということである。また、調査を求める遺族からの相談を受け付ける新たな仕組みを設けることも検討するとしている。
医療事故調査についてはこのブログ(学長時代を含め)で既に何度も出てくる話ではあるが、色々問題を抱えながらのスタートでやはり予想された問題が浮き彫りになって来ている。まだ発足して半年であるからこの修正は予定路線のようではあるが、基本的な課題が残されたままであり、統一基準が出来れば一気気進むかは疑問である。問題は問題の多い「予期せぬ死亡」を医療事故としてしまっている前提にもある。
医療事故調の背景に医師法21条がある。医師へ異常死を見たら24時間以内に警察へ届ける義務を示したもので、明治時代に出来たまま現在も残っているものである。犯罪に関係ない診療経過の中での死亡にも当てはめられ、異常死とは何かはっきりしないまま警察が動くようなことがあり、現場で混乱が出てきた。そういう中で平成6年に出された日本法医学会の「異常死ガイドライン」が今もキーとなっている。それによると、「確実に診断された内因性疾患で死亡したことが明らかである死体以外の全ての死体」と定義した。またそのなかで、医療過誤の可能性のある場合については、診療行為に関連した予期しない死亡、およびその疑いがあるもので、注射・麻酔・手術・検査・分娩などあらゆる診療行為中、または診療行為の比較的直後における予期しない死亡や診療行為自体が関与している可能性のある死亡、診療行為中または比較的直後の急死で、死因が不明の場合であって、診療行為の過誤や過失の有無を問わない、などとされている。
医師法21条のいう異常死が診療関連死や医療事故にも及んでいることで状況が複雑化しているが、医療界から見直しを求めている21条問題については今回も据え置きである。私の意見は以前から、医師法21条問題を脇に置いて医療事故調のことを議論することは問題解決を遅らせている、というものである。

論点で言うと、①今回の協議事項に予期せぬ死亡の統一基準を作る、ということである。一見前向きの様に聞こえるが、統一とは何を意味するのか不明瞭ではないか。法医学会のガイドラインにも踏み込むのか。そうなるとことは容易ではない。ダブルススタンダードになるのは本末転倒であろう。②医療事故と診療関連死亡は同じではないはずであるが、これが曖昧なまま同じ土俵に乗せられていることと、届け出が医療機関の判断に任されていることが悪いのか、である。③センターへの医療機関からの報告が医療訴訟に繋がるものではなく今後の医療安全に用いるというが、届ける側は医療訴訟へ心配が払拭できないのではないか(調査報告書の扱い)。医療側が安心して届けられる制度とは何かの議論がいるわけで、基準の標準化だけでは解決しないのではないか。

以下に、医療事故調査機構の説明です。
医療事故とは:
1.    医療事故とは、「当該病院等に勤務する医療従事者が提供した医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産であつて、当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかつたもの」と規定されています。
2.   本制度における「医療事故」の範囲は、「医療従事者が提供した医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産」であって、「当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかったもの」です。この2つを満たす場合が報告の対象となります。
 このように中々分かりにくい内容です。予期せぬ、という客観性を担保し難い言葉を根底にしていることが問題を複雑にしていると思うのですが。それと、法医学会が言う異常死(体)について医学会全体でその扱いや妥当性を検討すべきではないかと前から思っています。
調査を求める遺族からの相談を受け付ける新たな仕組みを設けることも検討するとしているようです。これは制度構築上かなりリスクを伴うのではと心配されます。うまく進められればいいですが。

最後に、医療安全の確立を目指すことが第一義であり、そのためには医療関連死亡を網羅的に把握すべきである、とすれば、異常死や医療事故という切り口ではなく広く届ける制度が本来の姿であり、診療関連死が医療事故(ミスが絡む)かどうか判断する仕組みは別ではないかと思う。今の進め方は、二つの棲み分けが現実として明確でないように思う。