2017年10月16日月曜日

臓器移植法制定20周年


 20年前(1997年)の1015日は脳死からの臓器移植を可能にした臓器移植法が制定された日で、これに合わせて全国でいろいろな取り組みが行われている。昨日は東京で日本臓器移植ネットワーク主催のものもあり、今日の読売新聞は臓器移植を取り巻く諸問題を大きく取り上げている。振り返ると、和田心臓移植から30年近く経っていたが我が国らしく法律で道を開いたのが1997年。実際の脳死からの移植は19992月の高知赤十字病院での法律の下での脳死判定がなされ心臓と肝臓がそれぞれ大阪と松本に送られたのが始まりであった。その後、臓器提供が少なく移植希望患者さんには厳しい時期が続いたが、実質的に臓器移植が身近になったのは2010年の法律改正がなされてからである。当初の法律下では年間10例に満たない少ない臓器提供を、救急医療や移植医療関係者の努力でもって社会の移植医療への不信や危惧を払拭する結果を出し、その結果それまでの本人の書面での提供の意思と家族の承諾という厳しい条件が法改正で家族の承諾でも可能とする緩和に繋がり、現在の年間50例以上の提供になっている。
さて、法改正で臓器提供も年間50例を越えるようになったとは言え、欧米やアジア諸国の人口100万に当たりの年間臓器提供(脳死および脳死後心停止)は20-30件であるのに対し日本は0.6という50倍以下である。これは宗教や文化という背景以上に制度上の問題があることを物語っている。これまでも指摘しているが、法律で守られている(制限されているというより)臓器提供を医療関係者はもっと知るべきであり、また救急医や脳神経外科医、小児科医などの負担を軽減させる施策をもっと進めるべきであろう。患者さんが死に至るようになったときに、医師は脳死に限らず臓器や組織の提供という選択肢を提示する役割を持っているという認識がいる。法律で義務付ける前に普段からでも出来ることではないか。しかし、その前提は国民が広く臓器移植を良く理解していなければならない。そこが今後も課題であり、今回の節目の年に関係者は努力すべきである。移植を受けた子どもさんや大人の方の元気な様子を見てもらうのが、移植医が色々言うことより何倍も説得力がある。また、施策のなかの提供側の負担軽減の具体策に向けては、国家議員連の先生方も選挙が終わったらまた活動を再開して頂きたい。
さて、兵庫県の移植医療関係者の行政への提案については8月末に書かせてもらった。その後の経過報告であるが、救急病院の臓器提供への負担軽減の要は院内ドナーコーデイネーター充実である。しかし、専任や増員は人件費の増加になり病院管理側はまず無理という回答である。また、その資格付与も関係学会等ではそう積極的ではない。ということで関係者と意見を纏めているが、どうも院内ドナーコーデイネ-ターの方は問題が多く、まずは都道府県ドナーコーデイネ-ターの増員とか補佐役のコーデイネーターの配置が作戦上重要であるということになって来た。近々、県と神戸市に再度訪問する予定である。
臓器移植の啓発活動では、今度の日曜日、22日、総選挙と重なったが、神戸市内で公開講座を開く。移植を受けた患者さんにも登場してもらう予定である。チラシ参照。ここで社会への何かメッセージが出せればと思う。そのためには、公開講座の最後に、神戸宣言2017、を出すべく準備中であるが、メディアが取り上げてくれるのを願っている。
先週は秋田市で日本心不全学会と日本心臓移植研究会が開催された。高齢者の心不全が大きなトピックスで、チーム医療ということで盛り上がっていた。一方の心臓移植研究会では、川島国循名誉総長のこれまでの50年にわたる心臓移植への取り組みの総括があった。心臓移植にはそういう歴史の重みもある。歴史認識を大事にしながらこれからの心臓移植を進める方々は、これまでの外科医主導から、内科医、小児科、救急医、脳外科医、そしてコメディカルと連携した総合戦略を立てるべきと思っている。勿論最近はこの仕組みは進みつつあるが、10年後に心臓移植を年間200例達成すると、いう目標を再確認して進んで欲しい。人工臓器、再生医療も大事だが、移植医療は世界で臓器不全治療のゴールデンスタンダードとなって久しいことを再確認してほしい。
心臓移植研究会で問題提起したのは、心臓と腎臓の同時移植、心臓と肝臓の同時移植、である。この分野には現状で全く道を開こうとしていない(少なくとも私にはそう思える)ことへの危惧である。成人先天性心疾患への心臓移植のことで述べたと思うが、待機期間が何年も無理で、また人工心臓の適用も困難な患者さんをどうするのか。ドナー不足だから今は無理、と言うことは移植医療に関わるものには禁句であると思っている。何年も待たないと臓器移植の恩恵は受けられない現実は異常であると言う社会認識がまず必要で、また長期の待機が出来ない方への救済策システム(臓器配分システムの改変)を作ることが行政と関係者の急務である。準備しても何年もかかるのではその間に多くの方が亡くなるのである。
上記の課題と共に、臓器移植推進のために今何を行うべきか既に整理されている。それは提供病院の負担軽減であり、臓器配分システムの再考である。特に前者ではこれを集約的にまず進めることである。救急関係の学会も、臓器提供の選択提示をクリニカルパスに入れようとしている。5年後に、今の取り組みがどう成果を上げているか楽しみである。


2017年10月9日月曜日

チーム医療再考

1週間ほど前になりますが、以前勤めていた兵庫医療大学の開学10周年の記念会がありました。初代学長という大役を6年間務めさせてもらった大学が今年10年(実際は11年)目を迎えたので参加してきました。兵庫医科大学の姉妹大学としてポートアイランドに薬学、看護学、リハビリテーション学(理学療法、作業療法)の3学部でオープンしたのが2007年でした。ボーダレス、チーム医療を旗印に掲げてのスタートでしたが、私が退職後も次期学長や教職員、そして法人(兵庫医科大学)の多大な支援により、新設ながら立派に成長しているのを見るのは嬉しいことです。チーム医療は医療現場では当たり前になってきていますが、医療系の学部教育でこれを掲げられたのは兵庫医科大との連携があってのことで、学部教育での合同チュウトリアルも軌道に乗っていて安心しました。かっの医学部出身の教員は、医学部学生と混成させた演習なんかうまくいかないのではと危惧していたが、見事に花を咲かせましたね、と感慨深く話していました。

さて、医療界ではチーム医療という言葉が氾濫しています。健康保険でチーム医療加算というのが続々出来てきて、また介護や先進医療での複雑な医療の展開が進む中でチーム医療をどう進めるか真剣に議論されています。先日も、日本手術医学会という学会が東京であったのですが、理事を務めている関係で参加してきました。この学会は、手術という場での沢山の課題を、多職種が集まって議論する学会で、外科医以外に麻酔科医、そして看護師、臨床工学技士、薬剤師、など多彩です。今回は東海大学の麻酔科の教授が会長でしたが、盛り沢山の内容のなかで、チーム医療や多職種連携、という名がついたものが目につきました。まさのチーム医療オンパレードで結構面白かったのですが、些か食傷気味の処もありました。

というのは、何か新たな医療を始めるにあたり、あるいは質の向上を目指す上、何か踏み絵みたいな使い方がされている所もあり、ちょっと待って、本質は別でしょう、と言いたくなる場面もあります。ひねくれた人間ですいませんが、本質は何かの議論が薄いまま(失礼します)で時代の流れで進んでいるようなことが多いのではと思います。そこで、本質云々でいうと、手術医学ではやはり外科医がどう思っているか、どう行動しいているかです。例えば、最近注目されている認定看護師や特定看護師制度、周術期管理では麻酔学会主導の周術期管理チーム制度、など手術がらみの新たな取り組みがあって、シンポジウムでも取り上げられました。演者は、日本看護協会代表、先進的病院の看護部長、そして麻酔科学会の重鎮、がそろっての議論でした。新たな手術管理認定看護師制度や特定看護師制度もあり、それなりに面白かったのですが、肝心の外科医がそこにはいなかったのです。そもそもこの学会はプロパーの外科医の参加は少ないのですが、何か物足りない結果に終わった感じでした。究極のチーム医療の場である手術における種々の課題を解決していくには、手術をする外科系医師の理解と協力がないと進まない現実があり、そこにはもう問題がないのか、という疑問が出てきます。大学病院や優れた教育的病院はいいでしょうが、一般の病院ではどうかでしょう。

多職種が関与する医療で、職種間、医師間のコミュニケーションが十分とれているか、それこそチーム医療がうまく動いているかの要と思います。今回の学会でも、この職種間のコミュニケーション、言うべきことしっかり言う、これが大事という教育講演もありました。チーム医療体制は保険加算を取るためのものか、という問題提議もありました。時代に流されてチーム医療!で浮足立つのではなく、例えば手術の現場では外科医(外科系)がどう対応すべきか、他職種の意見をしかり聞けるか、という本質の議論をもっと進めることが大事ではないか、というのが外科医としての感想でした。

最後に、医療者がチーム医療に積極的に参画するためには、それぞれの専門分野で自己研鑽が必要であると共に、チーム医療とは何かを各自が考え、自己の意見をしっかり言えるようにすることが今さらながら大事と思った次第です。何か、学長時代の卒業式の挨拶みたいになってしまいました。

兵庫医療大学の大学祭に行ってきたのでその写真を紹介します。大学のシンボルであるフクロウと目の前の神戸の海を取って、海梟際という名前です。







2017年9月30日土曜日

札幌にて


 昨日まで北海道札幌市で開催されていた日本胸部外科学会から帰ってきたところです。第70回という節目の記念すべき学術集会で、北海道大学の心臓外科・呼吸器外科講座の松居喜郎教授が会長で盛大に行われました。大通公園の近くの大会会場は隣合わせですが3つに分かれ、その中で9つの会場があり、ポスター会場を含めると10以上となっていました。聞きたい演題も沢山ある中での会場選びではやや混乱していました。私は特に発表も座長のような用事もなく、久しぶりに札幌を楽しでもよかったのですが、まあ半分真面目になって勉強してきました。私は札幌生まれで10歳までに過ごしたので、いつ来ても懐かしいのですが、今回はxx歳の誕生日と重なり仲間からお祝いをしていただきました。生まれ故郷での誕生日は何か心に沁みました。

さて、いつものごとく論点整理と課題解決に移りたいのでが、あまりそういった話題は残念ながら少なかったようです。あえて一つを言えば、新専門医制度におけるサブスペシャル領域をカバーする胸部外科学会としての役割が問われたということです。問われたというより、私が問題提起をしたのですが、心臓血管外科の新たな制度設計ではプグラム制で行くことがほぼ決まっていたのですが、この夏ごろの心臓血管外科専門医認定機構でそれをカリキュラム制、これまでと同じ、に戻していたのです。そういうことが評議員会や総会で報告事項として紹介されました。方向性の変更は大変遺憾なのですが、その決め方が上記の機構(胸部外科学会、心臓血管外科学会、血管外科学の代表が参加)で決めて、それぞれの学会は報告したらいいという仕組みであったことを改めて知り、びっくりしたのです。こんな大事なことを学会員には報告だけで済ます(説明はありましたが)ということで良いのか。新制度が始まろうとしている中で、また多くの議論がされている中で、こんな上位下達方式でいいのか、と問題提起をさせてもらいました。関係者の方から、盲点を突かれたという反応でしたが、どうなるでしょうか。

専門医制度が新しくなるのは来年度からで、いわゆる内科や外科、耳鼻科、眼科、などの基本領域(1階)はプログラム制で準備が出来、10月から各プログラムでの募集が始まります。対象は卒後2年間の初期臨床研修が終わる人たちです。ある程度の定員制ですから初期研修制度のようなマッチング方式になりますが、どう進むか大変注目です。これがうまく進まないとその後の全体構想に大きく影響しますから、関係者はピリピリしています。一歩間違うと、官製(管の管理)制度になるからではないでしょうか。医学会(界)はここが踏ん張りどころで、関係する学会は自己保身ではなくこれからの若い医師をどう育てるかを第一義に考えて欲しいと思います。自己反省も踏まえてです。

学会のなかで面白かったのは、私が20年位に発表した手術方法を使っての発表がありました。肥大型心筋症の手術ですが、内視鏡を使った応用でそれまでアプローチに限界があったところを克服していました。特にコメントはしませんでしたが、きちんと私の論文を紹介してくれていたので満足でした。また、古巣からの発表では、小児の心臓手術で大血管転位症へのスイッチ手術(ジャテーン手術)の長期遠隔報告があり、もう30年くらい前になりますが、この手術の導入早期の症例が無事成長し成人になっているのを確認できたのは嬉しかったことの一つです。


といったことでいろいろ有意義な学会で、楽しめました。今回は札幌郊外へ足を延ばすことは出来ませんでしたが、冬には学会とは関係なく出かけたいと思いながら帰ってきました。今週は衆議院解散で世の中大騒動ですが、学会中は北海道のニュースが見れたので興味深かったのです。その中で横道孝弘氏が政界から引退するというニュースもありました。衆議院議長も勤められた北海道屈指の政治家ですが、実は小学校の1年先輩の方です。勿論、小学校時代の記憶はありませんが、同窓としてご苦労さんでしたと申し上げたいです。これで今月も目標?の3つ目を投稿出来ました。

ここ写真は札幌ではなく、静岡県のお寺のお庭です。学会前に遅い夏休みで出かけてきた時の写真で、このブログの背景にも使っています。


2017年9月26日火曜日

単回使用手術器具(SUD)の再使用

 
最近の医療関係で新聞沙汰、関西だけ、になっている一つに手術器具の再消毒による不法な再使用があります。整形外科や脳外科で使う骨に穴を開けるドリルの先につける金属製のバーです。私は整形外科医ではないので不勉強ですが、沢山の種類があって場所や使用目的で使い分けるのでしょうが、複雑な構造ではない金属製(と思います)の先端に刃の構造がある棒(バー)です。これらは国が製造販売認可した、単回使用医療機器(ほとんどは輸入品)、ですから、再消毒(滅菌)しても使ってはいけないものであります。他の患者さんに使ったものをいくら消毒しても感染症を完全に防ぐことは出来ないし、機能が劣化しては医療事故になりかねないからです。手術による感染といえば、以前(1980年代)にあったのは狂牛病、クロイツフェルト・ヤコブ病、があります。脳外科手術で起こったことですが、日常の手術でも再使用は致死的な感染がないからといって許されるものではなく、広い意味での健康被害が生じる危険があるからです。手術傷のちょっとした感染でも入院期間が何倍にもなってしまいます。医療費がとんでもなく高くなります。

単回使用医療機器は、single use deviceSUD)、使い捨て機器、と言われていて、現在の手術用の機器や医療用カテーテルはすべてがそうなっています。このSUDの再使用問題はもう20年近く前に遡ります。内視鏡外科手術が導入されたころ、プラスチック製の簡単な器具、皮膚の貫通部に置く筒、でも高価であり、十分滅菌すれば完全であるといって、多くの施設で再滅菌・再使用がされていました。もったいない、手術経費減らそう、ということで各病院が自己判断と自前の方法で再滅菌していたのですが、感染症、器具の不具合の危険性があり、国が再使用を禁じるに至った経緯があります。今、整形外科の骨用バーでは病院長が謝罪の記者会見をしていて、マスコミは鬼の首を取ったかの如く扱っています。確かに再使用は健康被害が出かねないので禁止されていて法令違反になり、場合によっては医療費不正請求(不整脈用カテーテル器具でありましたが)になりますが、今回の骨用バーとはどういうものかは知らされず、単に再使用禁止品の不正使用と、としてニュースが流れています。ニュースも、単に悪い奴、ということではなく、そのバーというものがどういうものであるのか、きちんと紹介することも必要でしょう。何も再使用をサポートするものではないのですが、そこにある何故そうするのか、ということまでの突っ込みがあれば良いかと思うからです。

最近ではある有名私立医科大学病院が経営破綻か、といったことも報道されていますが、このSUDの違反使用の背景には、医療コスト、特に手術費用(手術の保険点数ですが)や病院経営に関係する医療事情があるからです。手術の保険点数は決して高くありません。何とか人件費を減らし、医療機器代を減らさないと、大きな手術をしても最終的には赤字になりかねない状況が起こりかねないのです。しかも使い捨て機器はほとんどが輸入機器であることも問題でしょう。整形外科で腰椎の手術をしても、手術自体の保険点数(技術料)より使った輸入品の医療機器(体内埋め込みですが)の方が高いのです。その医療機器代は海外に行くのですから、必然的に高く設定されています。しかし、何といっても今回の骨用バーもそうですが、骨に1cmの穴をあけただけで、後は捨てる、開封して手術台に載せても使わなかったものまで廃棄するわけです。まさに資源の浪費であります。少し乱暴ですが、そういった背景が絡むSUDなのです。でも、国もやっと重い腰?を上げました。

ニュースでは、平成29731日に、厚生労働省は、再製造単回使用医療機器に係る制度の導入に関する施行規則等の改正等及び通知等の発出を行いました、とあります。以下、厚労省の説明文です。
再製造単回使用医療機器は、単回使用医療機器(一回限り使用できることとされている医療機器)について、医療機関において使用された後、医療機器の製造販売業者がこれを収集し、検査・洗浄・滅菌等の処理(再製造)を行い、同一の使用用途の単回使用医療機器として再び製造販売するというものです。米国においては2000年代初頭より、EU諸国でも20175月に再製造に係る規制を含む医療機器規則(MDR)が施行されるなど、再製造単回使用医療機器に係る制度が既に導入されていることなどを踏まえ、本邦でも導入をはかることとなりました。PMDAとしても、再製造単回使用医療機器に係る制度への対応について、厚生労働省とともに取り組んでまいります。

ということで、医療機器の世界も変わってきます。ただ、これは再製造であり、分解して完全に滅菌して、新品と同じようにして販売するもので、院内で行うものはありません。コストはどうなるのか分かりませんが、安くなるというより資源の再利用の意味が大きいのかもしれません。米国では、腹腔鏡用血管シーリングデバイス ・トロッカー ・超音波診断用カテーテル ・電極(EP)カテーテルなどです。今、身近の話題では、人工心臓があります。補助人工心臓は機種によってはこれが対象となります。分解してごく一部の部品は取り換えるとして、殆どが再使用可能な金属性(チタン製)で出来ているからです。ただ、患者さんに使用したものを再使用できるかどうかはこれからです。

SUDに関係した最近のニュースの解説をコメント付きで書かせてもらいました。大学病院ともあろうものがトンデモないというだけでなく、その背景も知る必要があります。とはいえ、医療従事者こそコンプライアンスへの意識と実行が必要であることを改めて肝に銘じなければならないことは当然です。それにしても、心臓外科もそうですが、最新の医療機器、デバイス、に外科医が翻弄されていて、本来の外科手術とは何かを見失いそうな今日この頃です。

2017年9月11日月曜日

旭川にて

皆様、ご機嫌如何でしょうか。こちらは9月に入ってのんびりモードからギヤチェンジというところです。
9月に入ってからは先ず東京での日本人工臓器学会が例年の11月とは違って早く開催されました。法政大学の生命科学部山下明泰教授が会長で、飯田橋近くの法政大学キャンパスで開催され、一日だけ参加してきました。人工臓器学会は多くの体の臓器の代行をする人工的手法の学術を対象にしていて、当初は人工透析が対象の学会ですが、最近は人工心臓関係が幅を利かせているようです。会長が基礎系、理論系ですからいつもと違った雰囲気でしたが、結構盛り上がった学会でした。なかでも補助循環関係が多く、看護師、臨床工学技士の参加も多く、賑わっていました。こういう学会は臨床系だけでなく、機器開発や技術開発に関わる基礎系・技術系の研究者が大いに活躍してもらえる場でないと、国産の技術や機器が出てきません。海外の医療機器の使用経験の話では先が暗いです(自己反省しきりですが)。
補助人工心臓分野では、植込型が普及し心臓移植の34倍の患者さんがこの状態で移植待機中のなか、移植を目指さない永久使用(DT)が学会では最大の関心事です。この臨床治験も症例登録は済んで来年には保険適応にするかどうか検討されるようです。確しかに心臓移植は年間50例とすれば34倍の患者さんが待機するわけで、34年の待機期間は異常です。といって、永久使用(Destination Therapy)は建前上移植適応ではない患者さんが対象ですが、まだまだいろいろ課題はあります。米国ではものすごい勢いで普及していますが、心臓移植も年間2000例は行われるなかで、比較的高齢の方への適応が進んでいるようですが、移植待機とのミックスしたところもあります。柔軟に対応し、患者さんの意思の尊重が優先されます。日本ではどうなるのでしょうか。65歳以上で心臓移植対象外の心不全の方には確かに福音かもしれません。しかし、高齢者医療の社会的基盤や医療現場の理解はまだまだ不十分です。試験的に進めることはあっても健康保険で扱うかは大きな問題でしょう。
補助人工心臓は今の適応とされる移植待機患者さんとこの永久使用の対象患者さんの二つの大きく異なる対象者の間には、どちらとも決めかねる患者さんが結構多くいます。今、保険制度上はこの間にいる方は置きざれにされかねない状況ともいえます。この問題は関係の会議で訴えましたが、放置されています。新しい医療の導入もいいですが、対処患者の背景のしっかりした調査なしにどんどん進める傾向にあるのが問題と思っていますが、少数意見です。
高齢者の医療費が高騰し、しかも海外から医療機器に多額の税金が払われるのですから。まずは心臓移植年間200例を早急に実現することへ最大の努力を図るべきと思います。また植込型補助人工心臓では多くの海外の機器が参入してきていますが、国産の機器の開発への国のスタンスは信じられないくらい弱いのです。
植込型補助人工心臓の永久使用では、先に述べたように幾つかの課題が残ってます。大きなことは、終末期医療です。脳障害に陥った方で、緩和ケアになった時の対応、法整備が十分ではないこと、病院や医療従事者の対応が制度的に出来ていないこと、救急医療体制での対応、など心臓移植へのブリッジでの社会的基盤が未整備の状況をまず解決することが大事と感じた学会でした。先進的医療をすべて健康保険で対応するのは限界があります。再生医療もそうです。未だ効果がはっきりしない、特に費用対効果が悪いものへの早期保険適応には疑問があります。再生医療もそうで、エビデンスがまだ十分でないものは、健康保険とは別の基金のような財源でまず進める方策が必要と感じます。先進医療保険のようなものがどんどん進めといいのですが。先進医療や人工臓器治療で高額になる場合、医療者側にも何か歯止めをつける、DPCもそうですが、といった上限設定でも作らないと、そのうち高齢者の高額医療で社会保険制度は崩壊するのではと危惧します。日本の医療制度の、いつでもどこでも最新の医療が自由に受けられる、という仕組みはそろそろ限界ではないでしょうか。病院の集約化でもって医療費を安くしても乗り切れる仕組みが要ります。韓国、台湾も、病床数が2000を超える病院がどんどん出来ていることに、わが国も目を向けるべきでしょう。次の20年を見越した英断が必要です。
本題ですが、先週は旭川でした。日本移植学会で、旭川医科大外科の古川教授(肝移植)が会長でした。臓器移植法制定20周年にあたって、さらなる臓器提供の増加を目指すなかで、レジェンドに学んで継承する、というテーマでした。特に役割はなかったのですが、先日紹介した院内ドナーコーデイネーターについていろいろ意見交換が出来ました。かなり収穫です。というのは、今回の学会は移植側だけでなく、臓器提供側もたくさん参加され、ホットな議論が交わされました。今までにないことです。この学会に初めて参加したという脳神経外科医、集中治療医、救急センター医、が何人かおられ、臓器提供の現場の生の声を紹介しておられました。また、厚労省の臓器移植推進室の方も参加され、行政の考えも整理することが出来ました。
院内ドナーコーデイネーターの資格化はどう進めるのか、という質問を何度かさせてもらったのですが、現場の方からは、資格化はされても個人につくので病院としては必要ないという意見もありましたが、フロアーでの会話では資格制度は必要との意見も多かったようです。一方、移植学会と行政は臓器提供を終末期医療の中で考えて、総合的に対応できる資格制度を考えているとのことでした。個人的には臓器提供というある意味前向きの面があるものを、終末期というやや反するカテゴリーで括ってしまうのは如何がと感じます。厚労省の室長さんとの話しで、包括的な終末期対応の支援制度つくりといっても、やはりドナーコーデイネーターは少し別で、進めるにせよ今のコーデイネーター育成事業(都道府県)を取り込まないと、という意見には賛成のようでした。 尊厳死には法律がないなかで、終末期のコーデイネーターの役割はどうなるのか。脳死での臓器提供は法律があって行われているのですから、もっと専門化してもいいのではと思います。
それにしても、人口百万人当たりの年間の脳死での臓器提供数は、わが国はまだ1.0以下ですが、韓国はその16倍です。日本では心臓移植は年間50例に達し、これまでの総数は350例ほどです。成績も良好です。しかし、待機中の死亡は移植数とほとんど変わりないのです。3年以上の待機でチャンスは二人に一人、という事実を社会はもっと知ってほしいと思います。脳外科医の方が、心臓移植の素晴らしい成績の陰で多くの方が亡くなられ、また長期に待機を余儀なくされている、ということを脳外科医はほとんど知らない、もっと情報を出したら脳外科医の理解が得られる、という意見がありました。まさに時代が変わってきた、と感じたのは私だけではないでしょう。
そうです、移植医側は移植で元気になった方を、子供さんも、もっと社会に出てもらって、臓器移植が素晴らしい医療で、しかも命のリレーです、というアッピールをもっとすべきでしょう。肉親からの生体臓器移植も必要ですが、亡くなった方からの移植の役割の大きなことを社会はもっと知ってほしいと思います。あるいは、知られているが、仕組みがいけないのかもしれません。法制定20周年の節目に、こんな感想です。脳死で臓器提供が年々増え続けていて、潮目が変わった、もうすぐ100例ですよ、という話に安心せず、日ごろから社会啓発に努めることが大事と思います。

旭川での総会は日本移植学会としても節目であり、さらなる発展のスタートになるもので、参加者としても有意義な学会でした。

2017年8月31日木曜日

8月のまとめ

今日で8月も終わりです。昨日から急に風が涼しくなり、秋の気配を感じつつ、とにかく暑かったこの夏ともお別れです。夏休み(リハビリ)モードから仕事モードへ復帰、明日から東京、その後は北海道シリーズで、前半は旭川、後半は札幌と続きます。旭川は日本移植学会で、特に役割はないのですが、法制定20周年の記念の年ですので、それなりの期待を持って出かけます。また、成人先天性心疾患学会の専門医制度構築の準備会が途中で東京であります。制度のたたき台をこの夏に頑張って作ったので、学会の役員の方に揉んでもらう予定です。混乱している専門医制度のなかで、いいものが出来ればと思っています。
さて、8月の出来ごとでいうと、前回紹介した、1941、決意なき開戦、はやっと完読。無理な戦争に走った日本の指導者の1年間の議事録を振り返って見て、なぜこの国は無謀な勝ち目のない戦争走ったのか考えさせられ、ついでに来栖三郎の「泡沫の三十五年」、も読み始めています。昨日、北朝鮮のミサイルが北海道の上を通り過ぎ太平洋に落下したニュースは、戦争時代に入いるのか、と思わざるを得ません。北朝鮮への圧力強化がどういう結果になるのか、中国、ロシア、米国、の思惑は、など今の北朝鮮と太平洋戦争前の日本とが何かする通じる所があるような感じを持つのは上記の日本開戦史の読みすぎでしょうか。歴史は繰り返す、にならないように願うばかりです。
もう一つの報告は、臓器移植関係です。臓器移植法制定20周年記念の節目に、何か現状を改善させる策はないか、何か後押しできない、ということから、兵庫県の行政への要望書を、臓器移植関連の団体から出しています。6月末に提出したものですが、8月に入って少し動きがあったので紹介します。団体とは、主に腎移植の関係の方々が作っている兵庫県臓器移植推進協議会で、私は役員の一人になっています。市民公開講座の後に、県下での臓器移植の啓発推進のために、課題を絞って行政に要望書を出すことになりました。論点というか要点は、ドナーコーデイネーター、特に院内コーデイネーターの専従を県下の病院に置いてください、というものです。提供病院の負担軽減策の要といえる院内ドナーコーデネーター制度の充実でもって、臓器提供が少しでも増えてほしい、というものです。
少し複雑ですが、臓器提供をサポートするドナーコーデイネーターには、法律の下での臓器の斡旋業務が出来る社団法人臓器移植ネットワークの専従コーデイネーター(中央勤務)、それを支える都道府県に一人は配置しようとしている都道府県コーデイネーターがあり、中央と地方の連携を両者がしています。しかし、都道府県コーデイネーターは国の予算はなく(かってあったのですが)、都道府県とどこかの救急病院が折半している(兵庫県は)状況です。これがない都道府県もあるようです。このシステムに対して、臓器提供病院内でサポートするのが院内ドナーコーデイネーターで、各病院での臓器提供があった時の支援体制つくりには大事ですが、臓器提供の可能性のある場合の家族への対応や医師の支援という、臓器提供予備患者さんからの提供へ進めるという役割は難しいのが現状。職種では看護師さんが多いのですが、殆どが本職(病棟業務など)との兼務であり、コーデイネーター専従はまず病院の体制上難しいのです。ここをどう乗り切るのか、行政に考えてほしい、というのが要望書の趣旨でもあります。
ということで、兵庫県と神戸市に要望書を出し、そして提供病院を訪問してきました。人員配置増は予算の関係で行政側は先ずできない、という話でしたが、何とか道を作れないか、ということで検討してもらえるようです。しかし、問題点も明らかになってきました。それは、院内ドナーコーデイネーター自体の資格認定制度はなく、都道府県が病院からの申請に対し委嘱しているに過ぎないのです。コーデイネーター自身が何か動ける、インフォームドコンセントに参加する、といったことは出来ないわけです。さらに、都道府県コーデイネーターとの連携もそういう背景で、臓器提供支援での連携は実際は出来ていないのではと思われます。
勿論、資格がないからと言っても全国で何百人が院内コーデイネーターとして行政が把握しているのですから、その活用をもっと真剣に考えるべきです。そういう意味で要望書にも書いたように、重点的配置、中核的提供病院での専従者の配置、が大事であり、このことを強調してお願いして来ました。
ということで、来月には日本移植学会もありますが、このドナーコーデイネーターの資格認定制度を救急医学会と連携して構築するのが学会の役割ではないかと考えます。そこの所を抑えないでこれまで来てしまっているのが何とも歯がゆい感じです。ただ、ドナー側のこと、臓器提供のこと、に移植側が口出すことは本来控えるべきという背景があることも事実でしょう。しかし、移植側が待機患者さんのことを慮って意見を言い、制度を作ることに力を貸すことも大事であると思います。20周年のこの時に特に感じることであります。兵庫県と神戸市の対応は何かあれば追って報告します。
ということで、8月シリーズは終了します。皆さん、暑い中、独りよがりの話にお付き合いくださり有難うございました。

写真は、要望書につて神戸新聞が記事にしてくれたものです。

2017年8月21日月曜日

8月に思う

 関西の今年の夏は雨もほとんど降らず、連日の猛暑で終わりそうです。関東は雨の日の連続記録更新中とか、毎年のように夏には異常気象の話が出ます。それにしても、台風、大雨災害、と自然は容赦なくこの国の地形の弱みを突いてきます。人の知恵と力にも限界があるようですが、それに打ち勝つ術はまだまだわが国にはあると信じています。
毎年8月には終戦記念日がやってきて、メディアでも戦争の悲惨さ、太平洋戦争の残したもの、などの歴史を風化させない記事や特集が出ますが、今年は何かしら、とくにNHKですが、力を入れているようです。NHKスペシャル、戦慄の記録、インパール、は繰り返し放映されていますが、今回は新しい証言もあり見応えがありました。太平洋戦争における我が国の軍部(陸軍)の指導者の信じられない行動、無責任さには憤りを感じると共に、東京裁判の国内版がGHQの公職追放処置だけで、本来すべきことが欠如していたことに気が付きました。一方では、新聞などの報道が大本営の思惑通りに動かされていたことも忘れてはいけないことです。我が国今の繁栄は、太平洋戦争の多くのそれこそ無駄な犠牲によってもたらされているのかと感じます。戦争を経験した年代や幼少時に戦後の混乱を経験した世代がどんどんいなくなっていくのですから、戦争の詳細を知らない人々の時代に変わってしまって行くのです。
私は太平洋戦争が始まった年に生まれました。しかし、生地の札幌は空襲には遭わず平穏であり、小学生の途中からの大阪での生活でも悲惨さは感じられず、かえって楽しい学校生活が待っていました。半面、今となって毎年の戦争記念日特集には心が痛みます。それでも世間が振り返るのはその時だけのようです。原爆もそうで、広島は関西の小学生では修学旅行で訪問するようですが、政府要人の形式的な記念式典挨拶をみても、またメディアの世界での過去を振り返ることへの嫌悪感を匂わす記事にわが国の行く先が案じられます。毎年繰り返される政府要人の靖国参拝もしかりです。何故、国立戦没者墓地のような記念施設が出来ないのか、不思議に思っ
終戦記念の新聞記事のなかで紹介されていて読む気になった本があります。堀田江理著(人文書院)、1941決意なき開戦、現代日本の起源、です。1941は開戦の年で、上記のように私の生まれた年でもあり、興味が沸いて手に入れました。400ページになるなかなかのボリュームの本ですが、もとは米国滞在が長い著者が英語で書いたものを、後で日本語版として出されています。そもそも開戦にまつわる政治的な話は米国ではあまり知られていないことを案じて書かれたものを、改めてわが国でも読んでもらうべし、といういきさつが背景にある本です。まだ実は最後まで読みきってはいないのですが、194112月の真珠湾攻撃に至る日本の中枢部の意思決定やその仕組みにおいて、天皇の存在はあるにせよ、如何に無責任な人たちによって日本の運命が決まっていったことに、今更ながら憤りを禁じ得ません。松岡外相、近衛首相の無責任な言動や政策決定、米国との戦争は負けることが分かっていながら、踏みとどまれなかったいきさつが詳細に書かれています。何とか読み切りたいと思います。

太平洋戦争のこと、広島と長崎の原子力爆弾のこと、最近では福島原発事故のこと、欧州での最近も続いているテロ、これらは東京オリンピックを迎える我が国にとって乗り越えなければいけない、無視できない歴史と現実であることを思いながら暑い日を乗り切ろうとしています。