2017年7月21日金曜日

梅雨明け


関西はあまり雨も降らずに梅雨明けとなり、いよいよ夏到来。と言っても既に猛暑日が続いているので、季節の変わり目を感じることも希薄となっている。蝉の鳴き声にも何かしら元気がないような気もするのは自分の気持ちの表れか。 暫く整形外科医にお世話になっていたが、それも終了で本格的に真夏モードへ。

 
臓器移植法制定から20年の節目に、兵庫県の移植関係者が集まる協議会(兵庫県臓器移植推進協議会)から兵庫県(県知事)と神戸市(市長)へ要望書を出している。内容は、いまだ低迷している脳死での臓器移植の課題解決として、ドナーコーデイネーターの充実と小児からの臓器提供への支援、などである。県立病院や市民病院などの臓器提供施設の負担軽減策を地方行政として取り上げて欲しいというもの。特に、各病院や救命センター内でのドナーコーデイネーターの専従(専任)がキーポイントと思っている。これは人件費がらみであるので行政としてはそう簡単に受け入れることは難しいが、現場からの要望が出るきっかけになればと思う。勿論、かかるコーデイネーターは専門の教育と経験が必要で、予算だけで片付く問題ではないが、そういう人材は育ちつつあることは間違いない。

こういった要望書提出を契機に、行政もこれまでより突っ込んだ実態把握を進めながら対応して欲しいが、行うとしても暫くは臓器提供で実績のある中核施設への重点配備になればと思っている。因みに、都道府県単位でこれまでの脳死での臓器提供数をみると、実数では東京都が突出していて、兵庫県もまあまあの所(15例)であるが、人口単位での提供数をみると和歌山県が突出している。その背景の分析は確認できていないが、おそらく高度の救急医療が大学病院や日赤医療センターなど一部に集約されているのではないかと思われる。集約化で救急救命医療での救命率が上がる中で、脳死となる症例も増えてくる、という背景があるのではないか。和歌山県の対応や施策について、兵庫県も参考にすべきことがあるのではないか。長崎県も臓器提供推進には積極的であり、その報告書は手元にあるが、和歌山県の取り組みについては調べないといけない。

さて、この法制定20周年を迎えながら幾つかのマスメディアの記者さんと話す機会もあり、共同通信の配信で幾つかの地方紙に心臓移植再開時のことが出ている。その中で言わせてもらったのが、20年経っても臓器提供が年間50例程度の状況では個人的には全く満足していない、ということである。自分には再開時にくらべ現状への不満が反って強くなっている。こういう状況について、最近の投稿で書いている幾つかのキーワードがあるので、再度紹介する。

 
① 日本の臓器移植(脳死での)は世界の中でガラパゴス化している。

② 「和田移植の呪縛」はまだ解かれていない。

③ 一点の曇りもなく、の新たな呪縛が続いている。

④ 性善説である臓器移植に性悪説を無理に入れようとしている。

⑤ 小さな子供さんへの心臓移植はいまだに殆どが海外に頼っている。

 

①-④は私特有の独善的な見方かもしれないが、要点は突いていると思っている。 

これらのキーワードで示される特殊な状況を払拭させるのが移植関係者の役割であって、広報にも努めながら移植医療の成果を広くしてもらうことの重要性をこの節目の20年で改めて肝に銘じる必要があるのではないか。

2017年7月13日木曜日

大学設置審査



 7月に入ってから台風3号に続き、九州北部地区は集中豪雨により想像を絶する大きな被害が出ました。尊い命を奪われた方々に心よりご冥福をお祈りし、また甚大な被害にあった多くに方々にお見舞いと一刻も早い安寧、復旧を願わずにはおられません。地震、津波、洪水、土砂災害、と我が国は自然災害から逃れられない宿命的な所もありますが、大災害が予想される時の緊急防災、緊急避難、そしてそのための的確な情報伝達、が改めて重要なことが分かります。情報化時代の中で、SNSの活用も現実となった今回の災害でもあったと思われます。また、今回の九州地区では5年前の水害の経験が生かされての素早い避難が多くの方を救った、という報道もあります。山と川に囲まれた我が国における災害対策において、今回の経験は決して忘れず、今後に生かすことが一人ひとりにとって大事でありますが、やはり国の大きな使命は、救助活動とともに防災へのさらなる取り組みがないと大災害は繰り返すのではと思います。ここで現場から離れた一個人が軽々にこんなことを言うのは憚られますが、阪神淡路大震災を身近に経験したものとして、被災者の方々の苦痛は共有できると思います。安部首相が外遊から帰って来てからのメッセージに、「安倍内閣が一丸となって対応する」と言われていましたが、国の危機管理体制において自分の名前を強調した内閣云々というおっしゃり方に違和感を覚えるのは昨今の政治的問題に洗脳されているのでしょうか。首相が不在の時に、幹事長がいちいち首相の了解やメッセージを披露しながら対応している様は、それこそ官邸の危機管理のお粗末さが露呈した感じです。副総理が率先して陣頭指揮をとるのが普通でしょう。阪神淡路大地震では、地震発生後、政府官邸は情報不足で対応が遅れたことは記憶に新しいです。大災害時には都道府県の長の対応(意見)は最優先され、それを迅速に国が補助する、という構図が今回はやや緩慢ではなかったでしょうか。

 

さて、災害の話はこれ位にして、国会での話題である獣医学部新設について、感じたことを書かせてもらいます。私は、大阪大学退職後、学校法人兵庫医科大学にお世話になり、医科大の懸案であった新たな学部作りに関わりました。兵庫医科大学は医学科だけの単科大学ですが、社会の医療系人材養成の要望もあり、薬学部、看護学部、リハビリテーション学部、の3つの学部新設計画を立てていました。特に薬学部は6年制が始まった所で、チーム医療推進を掲げる大学の方針から加えることになったようです。ただ、6年制薬学部は既に認可作業が進んでいて、老舗の薬科大学が既に開設準備にあり、1年遅れで厳しい学生集めになりますが医科大学を持つ強みで薬学部新設も機関決定されました。因みに、学部新設ではなく新大学として設置申請することになり、学長予定者として2年余りで人集めと申請作業を進めました。ここで出て来るのは、文科省の大学設置・学校法人審議会(設置審)、という許認可権を持っている行政の窓口です。獣医学部新設ではドリルで穴をあけられた所です。あらかじめ何度もお伺いをしながらの申請ですが、6年制薬学部については新制度申請初年度で既に旧薬科大学や新設校が認可され、もはや過剰ではないか、という中での我々の申請でした。この薬学部6年制設置は、文科省の規制改革の路線上にあり、どんどん作りなさい、潰れても知りませんよ、という雰囲気でした。申請最終段階で文科省の高等教育局長に挨拶に行ったら、薬学部新設は自由にどうぞと言ったけど、お宅もですか、これからどうなりますか、と笑われておられたのを思い出します。一方、何しろ一度に3学部を持つ大学の設置申請なので、文科省もずいぶん慎重な対応でした。学部3つも同時に申請なんて何を考えているのか、とも言われました。教官の陣容や実習病院、校舎、採算性(法人財務)となかなか厳しい中、開設1年半前にはもう校舎の建築も始まりました。設置審の現地調査は開設前年の秋ごろだったと思いますが、若い審査担当官が建築現場の視察で、ここまで出来ているのに今更不許可には出来ないですね、とつぶやいておられました。加計学園もそうでしょうね。我々はその後許可され、4月開学を向けることが出来ました。もう開学10年が経ちましたが、昔を思いだしながらの、加計学園劇場の観戦です。

と言ったことを、昨今の獣医学新設での文科省の対応をみて思い出しています。文科省の設置審については、以前田中真貴子議員が文科大臣であったとき(2012)、3つの新設大学認可についての設置審承認を、大学は多すぎるとクレームを入れ、ノー、といって物議を醸したことがあります。結局すぐに撤回したのですが、かっての学長ブログでも取り上げ、設置審の種々の問題に言及したこともあります。膠着した委員体制や考え方は、今の論争にも関係するものかもしれません。

話題は文科省の告示で、医学部、歯学部、獣医学部、もう一つあります、の新規申請は認めないというものですが、今回獣医学部でこの告示を突き崩すため特区制度が活用されていますし、全体の印象は、文科省の古い体質が問われています。今は違っているでしょうが、以前の設置審は決め事が時代に合わなくなっているのにそれを金科玉条のごとく忠実に守る、という印象が強かったのを思い出します。しかし、今回の騒動では、やはり穴のあけ方には問題があったと思われます。無理を通すのが国家戦略特区だ、ではないと思われます。プロセスは大事です。因みに、前回書いた「一点の曇りもない」、ですが、やはりこれは言う側の主観的な表現であると思います。

医学部新設も最近、東北と成田に続いて許可されました。私立医科大学病院が経営危機に陥いっていることも報道されています。質の高い医療の提供が進む中で、医師の働く環境劣化、医療への消費税負荷、高齢者医療での高額医療、そして専門医制度への反発、など、医療を取り巻く環境は決して良くなっていません。獣医師問題は医師の診療科偏在、地域医療崩壊、質の低下、大学教官の処遇、など、我が身を振り返る絶好の機会と思いますが、如何でしょうか。

2017年7月1日土曜日

一点の曇りもない


   早いものでもう7月です。関西でも梅雨明け宣言がないまま猛暑が来ています。夏休みまでもう一息、踏ん張りましょう。
 
さて、最近の国会は、国家戦略特区による愛媛県の獣医学部新設で姦しい。その決定のプロセスについての疑惑ありとの野党側の攻勢が、国会閉会後も続いている。そういう中で、「決定プロセスに一点の曇りもない」との総理の発言があり、それ呼応するかの如く戦略特区の諮問会議の民間議員メンバーから、はたま担当の地方創生担当大臣、さらに官房長官まで、一点の曇りもない、と右へ倣え、の発言である。この言葉は政治の世界でこれほど多用され、注目を集めるのは珍しい。しかし、問答無用に似た感じがして何か違和感を覚える。

この言葉は私にとっても曰くつきの言葉である。一点の曇りもない、という結果説明ではなく、一点の曇りもなく、という前もっての言葉であるが。それは、前にも書いたと思うが、臓器移植法か出来て脳死からの臓器移植が可能となった頃、担当行政官はドナーの脳死判定へのプロセスや診断、そしてレシピエント選択の場において、この言葉をもって関係者への警告をする傾向にあった。和田移植の轍を踏まないようにと睨みを利かしているのである。厳しい法律のもとで、また新た出発において、それこそ曇ったことや不信を抱かせることをするわけがない。法成立後20年間、関係者は性善説で守られながら、最大の努力をしてきた。しかし、時に性悪説が顔を出す。その時の言葉が、一点の曇りもなく、であると思っている。

現在の移植現場でも何か議論のある事態があると、「一点の曇りもなく」が出てくる。法律の運用においていまだに行政が口にする言葉である。私に言わせれば、和田移植の呪縛がまだ生きている、ということである。心臓移植が円滑に再開されて、此の呪縛は消えたはずではないか。しかし、移植医療の新たな展開になるのではという議論の場面でこの言葉が使われることが問題なのである。大事な局面で、恰も水戸黄門の御朱印のごとく登場する。また医療者側がそれをあたり前と思ってしまっていないか。まさに上位下達方式で、移植医療が萎縮してしまう。

何故これに拘るか。移植医療の第三の展開をしようとする現在、この言葉は現場を萎縮させ、新たな進歩を阻む恐れがあると思う。何も法律違反、条例違反、をしろ、勝手にさせろ、とは決して言ってはいないいし、そういうことは出来ないしない。しかし、此の膠着した移植医療の現場を何とか変えていこうとするならば、前向きの議論も欲しい時がある。その時に此の呪縛的な一言をあえてお役人に言わせない、というのが移植に関わる専門医療者の矜持ではないか。 

政治の場面で今目立っているこの言葉はこれから更に頻回に使われて、本当の議論が疎かになりはしないか危惧しながら、臓器移植での使われ方についても気になっているので紹介した。ない、と、なく、の違いはあるが、私見を書かせてもらった。
 

2017年6月27日火曜日

藤井聡太四段、29連勝の快挙


 将棋の藤井聡太四段の公式戦29連勝という快挙に日本中が沸き返っている。14歳での偉業に感心どころか驚きで、藤井四段の頭には最新の将棋ソフト、いやAI、が埋まっているのであろう。囲碁も将棋もコンピューターの格好の餌食になっているが、将棋はこれで大いに挽回し、将棋界も面目躍如である。医学の世界もAIが席巻しようとしているが、一人の人間の頭、大ベテランでも然り、培った医学知識はAIに到底及ばない。医学ではコンピューターとの挑戦は意味がないが、そのうちTV番組で、一人の難病の患者さんの診断と治療の選択を、研修医(ベテラン医もあり)対コンピューター、なる対決があるかもしれないが、勝負は決まっている。しかし、医学ではAIとの連携がこれからの大事な道になる。医学教育ではどうか。6年間の内34年の沢山の知識詰め込み講義と試験は要点だけ残して、AIを如何に活用するか、に代わるであろう。そして、重要な基礎知識の習得は必須であるが、その後のAIと付き合うための応用力の基礎となる頭作りが必要になるのか。柔軟な頭と応用力を備えた若い医師がこれからの医学・医療を支えるようになるのか。
 
 医学部教育ではAIを上手く使う頭を鍛えることが要になるのではないか。ただ、そんな医師ばかり作っても、大学病院やがんセンターなどではいいが、地域医療、へき地医療、在宅医療、介護や終末期医療には向かないであろう。ということは、これまでの知識詰め込教育の基本は変わらないで、それを終えた後にAI用ブラシュアップ教育が重要になるのか。医学部での教育だけでなく、生涯教育も変るのか。こういうAIの話は、診断学や抗がん剤治療での活躍が期待され、言い換えれば内科系の医学での話でもある。でも外科は関係ないと言ってはおれない。AIもどき手術ロボットが押し寄せてくる。外科もうかうかしてはおれない話である。
 
 将棋の世界から医学の世界をコンピューターという共通語を使って垣間見たような話でやや無理のある展開になったが、何れにせよ素晴らしいという言葉を通り越し、興奮と驚きでもって藤井四段の快挙を見させてもらった。

2017年6月24日土曜日

続けることにしました


 このブログもそろそろネタ切れでもう閉じようかと思って、徒然なるままに、というエピローグを2回書いたのですが、この間に大阪での学会に二日ほど出てきました。自分の整形外科的な問題で最近はあまり学会出席は限られていたのですが(フットワークが悪いということです)、教室の同門の方が会長でもあり、最近注目している成人先天性心疾患のセッションもあり、出かけてきました。そこで、前から学会でお会いする方で先天性心疾患専門の中堅心臓外科医がおられ、時々私のブログへのコメントを頂いているのですが、その方が、先生止めないで下さいよ、いつも楽しみにしているのですから、と言われてしまいました。学会とかで“ブログ見てますよ”、と言われることは実際殆どないのですが、この先生は私のものの見方に共感を持たれているのでしょうか時々声を掛けて下さいます。ということで、この先生に背中を押されて、考え直してもう暫く続けることにしました。これはあらかじめ作ったシナリオではありませんので、誤解のないようにして欲しいと思います。

さて、今回の関西胸部外科学会でのトピックスを上げると、毎度のごとく新しい機器(デバイス)の登場が目立ちます。大動脈瘤へのステントや新しい人工弁など、外国製のものが軒を連ねています。その背景には、低侵襲で手術を安全に、という強いコンセプトがあります。もう危険度の高い手術ではなく胸を開かないカテーテル治療で済みますよ、です。では心臓血管外科医は何をすればいいのか。一生懸命新しいデバイスの開発や導入をしても、その先には外科医のいない手術室で内科医か放射線科医が仕切っている、という像が浮かびますし、実際我が国でもそういう状況が始まっています。
 
最後に紹介されていたのは、縫わなくていい大動脈弁、でした。人工弁手術は外科医が修練して糸で縫って固定していくのですが、それには手術の時間が掛るので、縫わないでそこに置くだけでいい、というものです。子供だましですが、手術時間(心臓を止める)が30分短くなるのと、術後に漏れが出たり外れたりする危険とどちらを選ぶのか、私には答えは明確です。しかし、新しいものが好きな人たち(かって、私もそうだったかもしれませんが)には簡単に植えられるものに、そして何かしら新しいものに魅力を感じるのかもしれません。基本的外科手技の修練をする必要のないデバイスが登場しても、担当外科医が急にトラブルが生じたときの緊急手術が出来ない、というとんでもない事態が起こるかもしれません。あるいは、シニアーの心臓外科医がそういった緊急時のためだけに別室でじっと待機している、という情けない状況も出て来るかもしれません。漫画になりますね。

そういうことで言えば、私のルーツである先天性心疾患外科では、特別の修練と経験、そして努力で出来上がった専門小児心臓外科医が活躍しています。そういった演題を聞いていると、若返ってきますし、その場に入って議論をしたい、と思ってしまいます。その結果、老害的な?発言が出てきてしまいますが、若い人に良い意味で刺激になればと自己満足しています。自分の現役時代に議論されていたテーマが、多くは解決しながらまだ続いている話もあります。あるいは、歴史ではないですが、また繰り返している、ということもあります。でも小児心臓外科は、デバイスに翻弄されないで、腕が勝負、の世界が続いています。

今回の学会で先天性心疾患の話題が多かったのですが、その特徴は対象が若年でなく成人の演題が多くなっていることでした。症例報告が多く採用された学会であったからかも知れませんが、成人先天性心疾患の手術が増えているということでしょう。その成人先天性心疾患をまとめたパネルディスカッションがありました。その中で、新しいデバイス(人工心臓ではない)治療や再手術、お産の話もあり、皆様の努力には感心しました。でも、根治術後や姑息術の遠隔期の心不全症例で、最後の砦でもある補助人工心臓(移植への橋渡しのみが保険適応なのですが)への取り組みが施設間で異なっていることも気になりました。心臓移植となると施設が限られるのですが、補助人工心臓でいうと移植施設の連携施設として条件をクリアすれば認定を取れます。
 
また、成人先天性への心臓移植は現実的ではないのですが、適応となるであろう、また残念ながら亡くなってしまったが心臓移植をしていれば助かった、という症例があるはずです。そういう症例がどの位あって、またどの時点を超えれば予後が悪いか、学会等で調べて行こう、という動きがあります。小児循環器学会のリーダーである座長の先生もこのことを強調されておられました。是非進めて欲しいと思います。因みに、私が成人先天性疾患と心臓移植についてまとめた総説(英文ですが)が丁度雑誌に出たので、タイムリーな話題であったと自分で勝手に満足?しています。
 
とうことで、またぼちぼち書かせてもらいます。お付き合い下さい。

写真は上記の論文の最初のページです。日本胸部外科学会には英文雑誌があり、そこで採用してもらいました。

2017年6月22日木曜日

徒然なるままにー2


 

私が臨床医学を通じて医学関連の社会的な制度作りに関わったのは、移植医療の普及と医師の卒後教育です。共に現役引退後の現在も続いているものです。長いです。前者は法律が出来て20年の節目を迎えまだ多くの、かつ基本的な課題が残っている状況ですが、後者の専門医制度は新制度への移行の最後の詰めになって暗礁に乗り上げています。因みに私は、専門医制度(卒後3年目から)の前段階である初期研修制度(義務化)の導入時(2004年頃)は付属病院長として厚生省の会議に出て2年は不要で1年で充分と、厚生省の意向に反対した過去があります。また、それ以前では、私の医学部卒業時はインターン制度反対で医師国家試験ボイコットをしたクラスでした。幸い、半年遅れましたが免許はもらえました。これまで3つの医師卒後研修問題に関わって来たわけで、もう何か因縁的です。

現在の専門医制度改革は、今になって無理に漕ぎ出そうとしてさらに混沌としています。理想が高すぎた、厳しすぎた、と言われるプグラム制の提案に主に関わったものとして、最後の詰めの理事会には入っていませんが、現在の状況には大変失望しています。新制度は、卒後3年目からのこれまでの専門別研修制度の不備を直して、各分野の認定される専門医の質の担保と認定制度の標準化を目指し、国民的にも信頼できる研修制度を作ろうとするものです。この制度の運用を、学会主導ではなく、公平公正に進める新たな第三者機関(専門医制度機構)に任せる、としたのですが、この新しい機構の信頼が無くなっている状況で、困ったことになっています。


今交わされている議論ではその本質が見失われて、政治や組織・団体の縄張り争いに若い医師が翻弄されています。我が国の医師生涯教育(卒後教育)のシステム作りで言うと10年も20年も後退りしてしまうのではと危惧しています。行政は初期研修制度導入で生じた混乱への反省もなく、文科省と厚労省の縄張り争いが反ってひどくなっているようです。そのなかで地域医療が壊れないように、という錦の御旗のもとで、行政や大学外の医療機関の方々の声が大きくなり本来の方向を変えてしまっている状況であります(大いに私見です)。これまで専門医制度には傍観的であった日本医師会が、若手医師の確保で苦労している地方医療行政や病院団体と手を握っての方向転換でしょう。初期研修の導入時の議論の再来ですが、今度も大学医学部の医局講座制度への反旗が翻っているという構図です。

また、医師のネットの世界では、専門医不要論、機構は悪、学会は資金集めに奔走、一部の学会や大学のボスのやっていること、など批判が多いようです。現在の学会で作っている専門医制度(広告できる制度で厚労省承認)はある程度広まってきた段階で、何故変える必要があるかの説明不足になったのは、大学・学会主導で行ったことでもあり、反省点でしょう。丁寧な説明が不足していた、という安倍首相の答弁のようですが。

さて、大学医学部(医局)に任せていれば医師の配置に行政が口を挟めなくなり、地方病院の医師不足はさらに深刻になる、という意見が地方自治体病院の方々から出ています。しかし、全国医学部長会議も言っているように、大学医局の役割なしでは地域医療体制維持が出来ないことも理解すべきです。大学医学部は、近隣や遠隔地の病院への医師派遣で地域医療の確保もしないといけないのでその役割は大変です。2004年に始まった初期研修制度以来、大学に残る若手医師が減って、地域医療機関への人の派遣が出来なくなり地域医療の崩壊に繋がったのです。そこで今回は(地方)大学医学部にも人が集まるように修練基幹施設条件で大学医局優先としたのですが、これが裏目に出たのは、大学側が張り切り過ぎて、過度に人集めをする気配が出て反対ムードを作ったようです。大学側にも反省点はあるでしょうが、結果的に大学優先度がかなり緩和された制度に変わっています。ついでにプログラム制も骨抜きになったようです。これは一種のポピュリズムでしょう、本質を忘れて目先のことを優先しているので、冒頭の10年―20年後退、の意味はここにあります。

米国の様にレジデント(卒後5年間)の給与はその病院からではなく、保険機構(保険支払い側)、医師会、製薬企業、が集まった機構から出ます。医師の研修制度をしっかり作ることは国の保健制度の根幹であり、そのためにはお金は出すが、研修施設や指導体制(プログラム)のチェックは厳しくなっています。第三者機関によってその病院主導のプログラム(外科プログラムとか産婦人科プログラム)が認めたもらえることで若い人が来ます。指導体制の担保をしないと研修医も来てくれません。来なかったラ認定取り消しで、若いレジデントなしで診療しないといけません。受ける側はレジデント終了して専門医資格が取れないと病院就職はなくなります。厳しいですが頑張れば道があります。給与も良くなります。これをそっくり真似ることは出来ないのですが、何が大事かを知る上では無視できません。

日本は、専門医研修医の給与はその勤務先病院が出します。専門医資格があっても給与は変りません。これでは確かにお金払って資格取りに励む気が薄れます。給与に返ってくるようなインセンテイブがない制度には魅力を感じないのは当然ですし、新しい制度始まっても個人の処遇が良くなる訳ではないでしょう。しかし、こういった制度改革がないと個人へのフィードバックというインセンテイブンの道もなくなることも若手医師の方々は理解すべきでしょう。医師にとって生涯教育、継続教育は不可欠で、これなしでは信頼される医療は出来ないわけで、そのためにはまず専門医制度がスタートである、という共通認識に戻って考えることが大事なのではないでしょか。

長くなりましたが、それ程この問題は複雑である、ということでしょう。

 

 

 

 

2017年6月15日木曜日

徒然なるままに


先日、関西にも梅雨入り宣言が出されましたが、よくあることでここ数日好天が続いています。日中の気温からはもう夏の始まりで、これからどうなるのか、毎年の様に地球温暖化の現実を突きつけられています。米国のTrump大統領はパリ協定から脱退すると宣言していますが、これかどうなるのでしょか、国内、そして世界情勢も混とんとして来ているようです。

さて、これまで長らくこのブログ的なもの(?)を通して、医療現場で私が関心を持っているトピックスについて発言をしてきました。兵庫医療大学学長ブログから変身してもう4年にもなり、自分自身何故こんなに長く続いたのか不思議に思っているくらいです。暇になったことが第一でしょうが、文句言いの性分、良い恰好をすれば批判精神旺盛、が続いているからかも知れません。学術的な視点では、論文や学会発表では、本当にそうなのか、信頼できるか、というcritique、批評、から始まるわけで、ここでもそういう雰囲気を持ち続けて来たからかもしれません。その流れで社会的な出来事や動きにも反応してきたということでしょう。

これまで何度か終了宣言めいたことを書きながら何とか続けてきました。でも、やはり寄る歳には勝てないというか、ネタ不足も深刻で、アンテナも錆付いてきているので、そろそろ終了宣言をしようかと思います。しばらく休憩して、また気が向けば再開もあり、というと休息宣言になるかもしれませんが、これまで陰で支えて頂いた多くの方々に感謝申しあげます。最後は最近の世間のいろいろな動きについてのコメント集です。

 

① 政治の世界には踏み込まないことにしていましたが、最近の日本の国会の動きをみてかなり憤っている一人です。自分の学生時代のことで言えば、安保反対、岸潰せ、でデモに参加した経験者です(過激派ではありません)。そういう流れから言っても、最近のいろんな国内、国外の動きの中で我が国の進んでいる道は大丈夫か、という危惧が年々強くなっています。英国や米国の二大政党体制に程遠い状況で、もうそれも来そうにない、という雰囲気は大変残念に思います。今の国家の動きを見ていて、批判を甘んじて受けそこから議論を始めて納得のいく決め方で新たな通を作る、という基本的なことへの理解、またそれを守る気概が欠けているのではと思います。

何れにせよ、国会議員は多すぎで、多くの議員は多数決の時の1票扱いです。また、ムラ政治が国にも繋がっている時代遅れも最近反ってひどくなっていると思います。国民の政治への関心が薄くなってきていることも背景にあるでしょう。自分の周りさえ良ければ後は無関心、という雰囲気が若い人たちの間で強くなっているのではないでしょうか。日本は主体性を持ってどういう道を進もうとしているのか分からなくなってきました。

 

次のテーマは専門医制度と持って書き始めたのですが、どうも長くなりそうですし、今朝の国会参議院では共謀罪が強引に可決されたこともあって、続いて書く気が薄れました。残りは次回にします。最終と言いながら、何か未練がましくだらだら続けることに自分でも違和感がありますが、お許しを。