2016年11月29日火曜日

リビングウイル


  早いものでもう12月が目の前に来てしまいました。関西も寒い日が続くようになり、いよいよ冬が近くに来ているという感じです。北海道は既に大雪の模様でこれも困ったことですが、信州からもそろそろスキー場開きが聞こえて来そうです。先週は鳥取県米子市に行ってきました。日本人工臓器学会という学会があって、阪大の教室の後輩の鳥取大学医学部の西村元延教授が会長でした。丁度寒波が訪れていた時期ですが米子市では雪は降っていませんでした。大山は晴れ間に頂上辺りが見えましたが、雪を被った名峰の姿を少し見ることが出来ました。
写真は夕方の市内からの大山です。かろうじて見えています。

 
 
    さて、学会からの話題としては表題のリビングウイルとしました。人工臓器学会で何故、ということですが、この学会は人工腎臓や人工心臓、人工血管、人工肺など人の臓器や器官、組織を人工物で補おうと研究者や医師、企業が集まります。最近は、植込型補助人工心臓の臨床応用が進む中で、これを実施する施設が全国で40以上と増え、学会中にセミナーもありそこには心臓外科医だけでなく循環器内科医、そして看護師、ME技士の方々も沢山集まって来て、最近はこの学会も大変賑やかになっています。因みに、会長の西村教授は心臓外科医ですが阪大時代に心臓移植や補助人工心臓の研究・臨床に携わってこられました。阪大病院での心臓移植再開例で高知からのドナー心臓の入ったクーラーボックスを伊丹空港から病院までタクシーで運ぶ役割で、病院到着時に沢山のマスコミの写真ターゲットになっていました。

今回の学会の懇親会でサプライズがありました。西村教授が留学先のヒューストンで面倒を見た方(心臓移植を当地で受けられた二人)と阪大の移植患者さんで植込型補助人工心臓(当時は拍動型で大きなもの)で長期待機後に移植を無事受けられた患者さん、計3人が来られていました。私にとってはサプライズで皆さん移植後15年や20年以上になりますがお元気でした。西村教授と共に私も再会を喜んだ次第です。

さて、リビングウイルですが、何故これがこの学会で話題になっているかということです。植込型補助人工心臓の普及が我が国で急速に進むなか、心臓移植への繋ぎで保険適応となっているのですが、海外では移植には向かわない、これが最終の治療手段ですよ、という選択が増えています。永久使用、Destination Therapy (DT)と言われるものです。これを日本でも進めることとなり、既に治験が始まっています。心臓移植は末期的心不全への最終治療ですが、移植適応にならない方(例えば65歳以上の心筋症)にこの補助人工心臓で社会復帰や自宅での質の高い生活を送れるようにするものです。

DTの患者さんが補助中に例えば脳梗塞や脳出血を起こし、高度の脳機能の障害を来した場合、どういう終末期の医療を行うかが問題となるわけです。DTで補助人工心臓を装着するときに、終末期をどうするか、患者さんや家族とよく相談しておかないといけません。言い換えれば、人工心臓は動いているが体はもう反応しないか死に近い状況になっても、それでは人工心臓(生命維持装置)のスイッチ(電気駆動です)を切りますから宜しいですか、とは行かないのです。癌の末期でもう延命が出来ず衰弱するなかで、栄養や人工呼吸を、多分本人はこういう延命を望まないと思うから、中止出来るかということです。

これは尊厳死や安楽死、という話しです。この二つは全然違うことでうすが、日本では尊厳死を法的に認めてもらうよう尊厳死協会(12万人が会員)が以前から国に要望していて国家議員のなかでこれを実現しようというグループもありますが、未だ法整備は実現していません。宗教団体、弁護士、障害者の団体、そして日本医師会が強硬に反対してると言うことです。

学会中の一つのセッションは、終末期医療とリビングウイルをDTでどう扱うか、で議論がありました。尊厳死の法律がないので、終末期になっても人工心臓は基本的には止められない、と言うことですが、治療前に医療スタッフ(多職種が集まる)と患者さんと家族が集まって議論し、最終的に事前指示書なるものを揃えておきなさい、というのが法律関係者のアドバイスでした。そこに記載があれば倫理委員会等の了解は要りますが、終末期医療として(人工心臓のオフ)も不可能ではない、と言うことでした。でも家族関係のどなたが後で訴えたり、医療側が疑問を呈すれば、それこそ医師側は殺人罪で訴えられるという事態も当然予想されます。

終末期医療をどうするか、延命治療を中止出来るか、はなかなか悩ましい問題です。DTが最終治療であり、その先には緩和ケアや終末期医療が出てくるわけで、これにどう対応するか医療側も良く議論し準備しておかないといけないのです。ケースバイケースで最善を尽くすのですが、少なくとも植込み前に事前指示書(終末期になったときの対応)を取っておくことが大事ということでした。

さて、尊厳死法がない状況から見て思ったことは、日本では脳死が法律で認められているではないか、ということです。臓器移植の場合、脳死での臓器提供をするかどうかで生前の意思表示、即ちリビングウイル、が必要ですし有効です。ただ、今はそれがなければ家族が代諾することが出来ますが。勿論、臓器提供でない場合はリビングウイルがあろうとなかろうと、脳死は人の死ではなく、生命維持装置を切ることは出来ません。とはいえ、リビングウイルが一部でも法的に認められている、という認識を尊厳死議論の場ではどうなっているのか気になったわけです。臓器移植でのリビングウイルがすぐに終末期医療にも繋がるとは言えませんが、このことが何か突破口になるのでは、と思ったのでここに取り上げた次第です。それは関係ないよ、という声が聞こえて来そうですが、救急医療現場で二つの死が依然として存在している問題への対応と通じるところがあると思うからです。

心臓外科医が終末期医療にも関心を待たないといけない状況が増えています。普段の診療で高齢者も多くなっていますが、高度の先進医療が普及することで尊厳死の問題も身近になって来ています。これを支える倫理問題を扱う組織や人材が周囲に必要と感じています。

 

2016年11月10日木曜日

 臓器提供についての新聞記事から

  米国大統領選は大番狂わせでTrump氏が当選。米国のメディアの予想がこれほど外れた背景に、 一般の意見が充分くみ取れない米国のメディアの実態も浮かび上がってきた。それより、米国の国内情勢でかなり問題が鬱積していることも明らかになった。オバマ現大統領のキャッチフレーズChange!!が彼の在任中に不発に終わったのか、不完全燃焼であったのか、政治の難しさを露わにしているようだ。日本もこれを機会により主体性を持った政治を進める時期ではないか。因みに、我が国では首相は与党の総裁がなる仕組みであるが、この総裁の任期を自民党が延ばそうとしている。首相の任期は本来国民が決めることであるが、党の規約改正で決めてしまうという、なんとも井戸端政治的な話ではないか、と思っている。

 所で、今日(11月10日)の毎日新聞朝刊に久しぶりに臓器移植のまとまった記事があった。脳死での臓器提供が法改正後に増えたものの50例前後と低迷している。これを社会に知ってもらうことも大事であるが、なぜ低迷なのか、どうしたらいいかについては、救急医側の二人の意見に集約されてはいるが、論点整理と課題可決、という点では物足りない。これはものをはっきり言わない日本の新聞(記者)の宿命かもしれないが、FBに投稿したものをここに転載しておく。

 もう一つ、子供さんの渡航心臓移植への募金を募ったのが、実は子供さんは心臓病でも全くなく、親戚がお金に困ってうその記者会見と募金集めをしていた、いう記事がある。ある新聞はこれをしっかり検証せずに記事にしているという。渡航移植の莫大な額の募金については命を救うということが背景にあるが、海外へ臓器を貰いに行くという難しいまた悩ましい問題がある。これを安易に記事にする新聞社のスタンスはある意味で日本の臓器移植への社会の関心の裏の一面をさらけ出したようだ。


以下、FBでのコメントです。 記事は以下からお願いします。http://mainichi.jp/articles/20161110/ddm/016/040/019000c

「最近、脳死からの臓器移植への社会の関心が薄れているなかでこの記事は現状の脳死での臓器提供が法改正ご増えたとはいえ頭打ちの状況をきちんと紹介をしている。課題を現場の救急医側の意見を紹介しているが、新聞社としてのスタンスと具体的提案が読み取れないのは残念である。救急医が摘指しているように、問題は臓器提供以外は脳死の診断ができないことである。一般に救急現場では脳死は決して少なくないが、ここで臓器提供以外の場面でも脳死判定が出来、これに健康保険の点数を付けることで状況はかなり変わってくると、移植や救急医学の関係者の間で言われている。厚労省の規制緩和にこれを組み込むよう要望が出ているし、国会議員の中でも議論されている。ここまで踏み込んだ記事にして欲しいというのが感想である。」

2016年11月7日月曜日

那覇で学会がありました

11月に入って関西も急に冷え込んできましたが、そういうなかで暦は今日まさに立冬で言うこと無しです。北海道からはもう雪情報で、この夏の台風被害が収束されないままの冬突入で農家の方々の苦労が想像できます。
先週はまだ温かい沖縄に出かけました。でした。日本手術医学会が那覇(宜野湾)で行われ、役員をしている関係と南部のみですが久しぶりの沖縄もいいかと思って2泊3日で出かけてきました。私が阪大時代に会長をさせてもらったのが平成11年で、以来17年も経っています。当時は臓器移植における手術関連の話しが多かったのですが、最近はロボット手術や低侵襲手術、患者さんの高齢化、などがテーマになって来ているようです。学会の会長さんは琉球大学附属病院手術部教授の久田友治先生で、テーマは「手術医学・手術医療における私たちの役割;南の島で語り合おう」でした。ここでもチーム医療ですが、本土(こういう表現はいけなのでしょうが)とは歴史も風土も異なる沖縄で、ユニークな話も多いのではと、期待して行きました。報告と言うことでは二つあります。一つは学術的なことで、もう一つは余暇についてです。
始めの学術的なことですが、この学会は手術に関する諸問題を外科医、麻酔医、手術室看護師、臨床工学技士、などが集まって議論するもので、周術期管理、感染防御、機器管理、新技術などで、手術室におけるいろいろな課題が議論されます。私が参加したセッションは、東大病院からの周術期管理センターの話と救急医療分野として県立沖縄中部病院の現状、そして海外からの特別講演である医学教育の話でした。
周術期管理センターは大学病院や大規模中隔病院で関心が高まっている仕組みで、手術のための入院から手術までの流れをスムースにしながら手術の安全管理を目指し、医療者の連携を進めるものと理解されます。私自身の経験でも、手術前に麻酔科受診があって服薬状態や体調など手術の安全性に関するチェックと麻酔の説明を受けました。でも麻酔医が担当で、沢山の手術(いろんな麻酔が行われます)患者さんを引き受けるのは大変で、ここをシステム化しようというものです。まだこれからという印象ですが、私の見方では、全体(各診療科や手術部関係)をみながら動く専任コーディネーターが要るなあ、というところです。トップのコーディネーターに各診療科にサブのコーディネーターを置くことも必要でしょう。誰がするかでは看護師でもいいですが、やはり忙しいのでいっそのこと事務系での方を教育して育てればと思います。いずれにせよ病院がマンパワー不足のなかでどう対応するのか要注目です。
救急医療では県立中部病院のシステムの解説があり、素晴らしい活動でした。それを支えている医師チームですが、最初は初期研修医が見るが、後ないし同時に後期研修医や指導医が屋根瓦方式で対応しているのが特徴でした。マンパワーを分散させながら最適な医療を安全に進める方式です。大切なこととして言われたのが、沢山の近隣の島からの搬送では、それぞれの地区の医師に中部病院勤務経験者がいるということでした。不要な会話が要らず、迅速かつ的を付いた医療が出来ると言われていました。へき地医療や離島医療に生きがいを持つ多くの医師が育成され働いていることは実に素晴らしいことです。沖縄の救急医療の中核病院で医師の教育病院としても長年の歴史がある県立沖縄中部病院ならでの話でした。ちなみにこの病院で初期の修練を受けた沢山の医師がその後海外で研修し、国際的な医師となって我が国や海外で働いておられることも特徴でしょう。
医学教育の話は実は私が沖縄に出かけた一番の理由でした。それは、特別講演でハワイ大学外科教授の町淳二先生の「日本開国:医学教育と外科システムの国際標準化に向けての改善」を聞きたかったからです。抄録をみて、我が国でいま議論になっている新専門医制度に関する内容が盛り込まれていたからです。日本の専門医制度(卒後教育制度)の改革に関わってきたことと、課題についてすでに何度も書いています。新制度造りのステップで、国際標準化をキーワードにしないといけのでは、と理事会で提案したのですがほとんど無視された経緯がありました。そのほか、町教授が紹介された、トレーニングの内容と評価法の標準化(制度が異なってもある程度レベルや内容で横並びにすること)や6つのコアコンピテンシー(能力)を共通言語(目標)にしている米国の制度の紹介がありました。この仕組みは、その親の英国はもとより最近は東南アジアでも採用されている中で、日本はいまだに鎖国状態である、ということです。これに対して日本の関係者はどう考えているのか、というメッセージであり、米国の医学教育制度も国際版の骨格を作っているので、ハワイ大学などと連携して欲しい、という提案でした。
医学教育(学生)では我が国の各医学部も改善に努力されているとはいえ、まだまだ鎖国状態で、いい加減に開国したらというお話でした。例えて、黒船の代わりがTTP、ということでした。一方、卒後教育である専門医制度については、お役人や関係者に何度も呼ばれて米国の制度の良さを講演しても、いいですねという返事だけで今まで何も変わっていない、とも言われていました。講演の後で少し話をさせてもらい、私はこれまでの専門医制度改革で目指してきたことが間違いでなかったことも確信したのですが、それではでこれからどうするか、については私自身が専門医の新機構の中にいないこともあり何もできないので、町先生へのエールを送ることだけとなりました。気持ちが晴れないまま帰ってきたということですが、このブログでぼやいても仕方ないことです。
余暇についてですが、着いた日は那覇泊りで、午後3-4時間、そして翌日の学会初日の午前中をサイクリングで楽しみました。学会サボりました。那覇中心の南部をゆっくり回ろうと、那覇の自転車レンタル店にロードバイクを前もって予約し、ヘルメットとか服装などは持参するなど、どちらが主か疑わしい話です。天気も良く、気温は25度前後と風が強い以外は快適でした。初日は空港沿いから南へ下ってひめゆりの塔、平和記念公園へ行く往復コースで、20X2キロメーター、約3時間ののんびりライド。翌日は疲れもあり(前夜の懇親会で少々お酒も入ったせい?)学会も始まっているので近場ということで首里城周辺への往復でした。結構の坂でしたが高台からの景色は素晴らしく、やはり海と空がきれいな沖縄でした。自転車も楽しみ、学会での収穫もあり、そして怪我なく帰れてまずは良かったです。

補足です。:後期研修制度(専門医)への町教授の指導の下で米国方式を取り入れている病院があります。発足2年で60人の研修医 「米国式」取り入れた東京ベイの挑戦 -東京ベイ・浦安市川医療センターの記事を紹介します。私の勉強不足でした。
http://hpcase.jp/feature/tokyobay1/

 
以下写真です。




    






2016年10月12日水曜日

医療事故調、統一基準作成へ

本日の毎日新聞朝刊第1面に「医療事故届け出基準統一」、という大きな見出しが目2入った。医療(診療関連)死亡事例の第三者機関への報告義務を新たな医療法で定めた医療事故調査制度が昨年10月に始まって1年になる。しかし届け出件数が相変わらず低迷していて、対策として日本医師会などが現場で頭を悩ましている届け出基準を整理し統一する作業を始めた、ということのようである。この医療(死亡)事故調については何度もここで取り上げている。146月には、いよいよ始まる医療事故調査制度で書かせてもらい、本年525日の投稿は、制度が出来て半年の時点で届出数が低迷していることから予期せぬ死亡の解釈を含めた届け出の統一基準作りを始めた、と言うことへのコメントであった。特に前回は我が国の医療事故届け出制度の背景にある問題点を整理している。

そして今回、その統一作業が進む中で日本医師会が指針を纏めた、ということである。届け出の解釈のバラツキをなくすべく本年6月に施行規則の一部を改訂した訳であるが、その内容はというと中央と各都道府県に届出制度を支援する団体(医師会、病院協会、学会など)を纏める協議会を設けると言うものである。そして、統一基準の作成作業が進み、日本医師会が主導して、その手引きを作ったと言うことで、その内容を毎日新聞が一部明らかにした。その骨子思われる文言は、「遺族が疑義を挟まなかったことを理由に届け出をためらうと、医療安全体制強化の機会を失いかねない」と書かれている。そして、対象かどうか迷う場合には、届け出るのが望ましい」という医師会理事の発言もある。毎日新聞はNews Wordという社説めいたコラムでも、この制度をしっかり構築して医療事故について医療界が自らの手で原因究明と再発防止に責任を持つ、という制度の目標を強調している。

確かに医療界が医療事故(死亡事故)を減らすべく自ら努力することは当然であるが、それこそ各病院の日々の診療の中で各職種が一体となり取り組み、医師も医療安全と質の向上に自らの使命を自覚して取り組んでいることに疑いの余地はない訳である。しかし、残念ながら、医療行為の結果は全て計画通り、予想通り、にはいかないという、医療の不確実性、が背景にある。そういう中で、医療側が家族とも話し合って難度の高い手術を万全を期して行っても、結果が死亡に繋がることもある。勿論、いわゆる医療事故の範疇に入るものもあるであろう。そういう多様性のある医療において、予期せぬ死亡、と言う定義で括ってしまうこの制度は、統一指針が出来てもそう簡単に進むとは思えない。
その訳は前回に述べた通りである。以前から関係者には良く分かっている根幹の所を触らず、課題を曖昧なままにしていないか、ということである。繰り返しになるが、私なりの論点は以下になる。

  日本法医学会の提唱した異常死の定義である「予期せぬ死亡」をそのまま引用して使うことで良いのか。この法医学会の見解に対して、我が国の医学会での合意は得られていないと思っている。言い換えれば、予期せぬ死亡、という言葉が問題を生じさせているのではないか。
  異常死体、ということが横に置かれているようであるが、医師法21(異常死の届け出)がそのままである限り、医療(診療)関連死の報告制度は政府が思うようには進まない。
  上記に関連するが、報告書の警察への届け出義務はないとするが、実際の現場ではそれでは済まない事態が生じる。遺族との共通の理解を得るのはそもそも難しい場合が多い。
  遺族の疑義がないと言うことは、ある意味で予期せぬ死亡ではない、と言うことにもなる。こういうものまで全て届け出ろ、というのでは現場は困惑する。医療安全のためのデーターとするなら、別口の集約をした方が良いのでは。
  最後は、我が国では医療過誤疑いという死亡事例で医師が刑法上の業務上過失傷害罪の対象になり、警察の判断で拘留される、という先進国では考えられない状況にあることも忘れてはいけない。何とか患者さんを助けようとした頑張った医師が、突然警察が来てお縄付きとなるリスクが存在する。これを社会は本当に臨んでいるのでしょうか。裁判で無罪となったからいいでしょう、ではない。

色々述べたが、まとめると医療事故(過誤との違い)とは何か、診療関連死との関係、そして根幹の予期せぬ死亡とは、等への社会(医療現場も)の共通の理解が得られていない。新たな統一基準ではその辺りを明確にして欲しい。しかし大事なのは、届出数を増やすのが本来の目的ではないはずである。数ではなく何をしっかり集めるのか、の論点整理が要る。


補足であるが、届け出の第三者機関は将来は解散して、欧州系で歴史のあるコロナー制度(検死官制度)の充実に切り替えて行く道も探るべきである。

毎日新聞より


2016年10月6日木曜日

ノーベル医学・生理学賞、オートファジーで大隅良典博士が受賞


今年もノーベル賞週間がやってきた。3年連続の日本人受賞者が出るか社会も大きな期待を持って見守っていたが、医学・生理学賞(正式には生理学・医学賞)は2年連続で日本人が獲得した。受賞者は御承知の様に東京工業大学栄誉教授の大隅良典博士である。昨年の大山智博士は薬学博士・理学博士であり、大隅博士も理学博士である。医学・生理学賞(日本では)は本当の名称分野は生理学or医学、となっているので、どちらでも良い訳で医師が良よく受賞するということでもなもなく、ノーベル賞となると基礎研究がやはり対象となることが多い。

大隅教授が今回の受賞された対象はオートファジーである。自食作用、と言われ、核を持つ細胞がその機能を維持し生存していく上で不可欠の機能の一つである。細胞がその構成因子の一つであるタンパク質を再利用する仕組みで、飢餓状態でも暫く細胞が生きていけるのはこの機能があるからとされている。博士のお仕事はその分子機構と生理学的機能の解明である。オートファジーという現象があることは古く1960年代に発見されているが、その後この現象は長らくあまり注目されなかった。しかし、大隅博士がそのメカニズムの解明の扉を開けたのである。 

東京大学教養学部を卒業され理学部で蛋白質の研究を始められた大隅博士は細胞生物学の研究のなかで、皆があまり関わっていないこの現象に興味を持たれ、米国留学の後に東京大学で酵母(イースト)での観察を始め、1988年にそれを証明した。その後1990年代に関連遺伝子をいくつも見つけ、この分野では独壇場の仕事をされている。その後、基礎生物学研究所(岡崎)では水島昇博士(医師)、吉森保博士(理学博士)も加わって、更に研究が発展させこの現象が哺乳動物の細胞でも生じていていることも突き止めて行った。人の受精から種々の疾患において関連することが見つかり、今やこの分野は医学研究で花を咲かせつつあるといっていい。

 糖尿病やアルツハイマー病、ガン、など調べていくと全てと言ってもいいがこの現象が基礎にあるというのである。米国では既にこのオートファジーを制御する薬剤の黒色腫における臨床治験が始まっている。このようなことで、今回の受賞も種々の難治性疾患の原因解明や治療に繋がるようになったことが大きなことである。新聞でも見出しに、ガンへの応用も、と書かれている。

面白いのはこの自食作用は見つかってからもう50年を越えている。19501960年代に米国のロックフェラー大学でde Duve博士等が哺乳動物の細胞で発見していたが、詳しいことは研究されずにいた。de Duve博士等は関連するリゾゾームの発見でノーベル賞を受賞している。もう亡くなられているが、大隅教授もロックフェラー大学に留学していたことは今回の受賞にもそこでのスタートがあったということである。

話しはオートファジーに戻るが、細胞が死んでいく過程には虚血などの障害で予期せず死んでいく壊死ではなく、もとも運命付けられた死(プログラム死、枯れ葉が落ちていくように)がある。このなかにオートファジーが関与するタイプがある。このプログラム死をコントロール出来れば臨床で疾患の治療に応用出来る、ということでさらに世界は広まった。オートファジーについては私の身近なところでも研究が進んでいた。阪大時代には臓器保存や虚血障害の研究で細胞死(アポトーシス)が脚光を浴びていて、教室の何人かはこれで学位を取っている。外科臨床で細胞死をオートファジーとして研究を始めたのは後になってからで、当時の外科の仲間の清水重臣先生が東京医科歯科大学教授になって(水島昇先生が東大の前におられた)、今はオートファジー研究に専念している。今回のノーベル賞に水島先生が加わらなかったことで残念に思っている一人でしょう。 

大隅教授の受賞の陰に二人の日本人がいる。一人は現在東京大学教授の水島昇博士(医師)で、岡崎時代からの共同研究者であり哺乳類での研究を発展させている。もう一人はやはり岡崎での共同研究者である吉森保博士である。現在大阪大学医学系研究科におられ、生命機能研究科教授として臨床と連携を進めるオートファジーセンターを既に昨年立ち上げている。吉森教授は阪大の細胞工学センターを立ち上げられた細胞融合で世界的に有名な岡田善雄先生のお弟子さんである。阪大も先見の明があり、既に臨床系とのコラボが始まっている訳である。このお二人は共同受賞とはならなかったが、素晴らしい仕事をされ、私が言うのはおこがましいが、大隅博士を支えてこられたことに最大の敬意を表したい。
 

最後は、今回は異例とも言える単独受賞のことである。3人枠があるのに一人、と言うことは大隅博士が如何に追随を許さない素晴らしい研究をされ、リーダーとしてこの分野を新しいパラダイムとして構築されてきたことにノーベル賞財団がお墨付きを与えたことになる。米国の科学通信(STAT)に記事が出ている(私のFB仲間が紹介したものの受け売りです)。ここでは、大隅博士は異論なく有力受賞候補であったとし、共同受賞トリオとすれば後の二人は米国のD.Klionsky教授(ミシガン大学)と水島昇東大教授という予想であった、と書かれている。しかし、大隅博士の業績は一人受賞を云々する意見が到底届かないくらい素晴らしいものであって異論を挟む余地はない、という趣旨が書かれていた。

 
大隅栄誉教授と共に日本のお二人のご貢献にも拍手を送ります。

2016年9月19日月曜日

タバコフリー社会実現へ


 昨日から神戸市ポートアイランドの兵庫医療大学キャンパスで、第5回日本タバコフリー学会が開かれていた。第1回は兵庫医療大学薬学部の東純一教授(故人)が2012年に会長をされた時に大学の学長として参加したが、あれからもう5年になる。今は顧問となっているが、久しぶりに参加してきた。改めて我が国のタバコ規制がほとんど進展していないことに愕然とした。

 このタバコ規制の話は学長時代のブログで数回(2013年)紹介しているが、映画インサイダーのモデルのジェフリー・ワイガンド博士が来られ、日本のタバコ規制への強いメッセージが思い出される。今回はカナダのジェフリー・フォン博士と同じセカンドネームで何か通じるものがあるのかと思う。このタバコフリー学会は心臓外科や心臓移植で交流の深かった薗潤先生が創設者であり、「受動喫煙のない社会=タバコのない社会の実現」を目標としている。この会で私もWHOの枠組み規制のことを知るようになった経緯がある。もともとタバコ嫌いであるが、単に臭いやら煙たいといった嫌い感情ではなく、医療者として放置できないという思いになっている。当時、兵庫医療大学をタバコフリー大学に、という試みを行ったのが懐かしい。

 さて、WHO主導でタバコ規制枠組み条約(FCTC)は20052月に発効、20043月に日本も批准している。この国際的な動きは、タバコの受動喫煙の健康への影響に科学的根拠でもって革新的な取り組みを指導している。しかし、日本は批准してもその後の取り組みや法規制は遅々として進んでいない。健康増進法が出来、受動喫煙に対しての条例での対応も神奈川県や兵庫県でも出来ているが、内容は分煙を認める本来の目標に逆行するものとなっている。つい先般、保健大臣サミットがこの神戸、ポートアイランドで行われたが、なんと神戸市は中央区(三宮中心)の道路上の喫煙場所をすべて一時的に閉鎖したということである。海外の健康担当の指導者に実態を見せないで済まそうという神戸市の姑息的な対応にはあきれかえる。せめてこの会議の後、公共道路での喫煙場所を段階的でもいいから閉鎖すべきではないでしょうか神戸市長さん、と言いたくなる。

 FCTCの具体的提案は、タバコを単なる健康の問題ではないと捉え、包括的なタバコ規制を示している。それらは、写真(健康被害)警告表示、包括的禁煙法、消費抑制のための増税(タバコ値上げ)、等7項目があり、さらに大事なことは、タバコ産業のタバコ規制策や対策への働きかけを禁止、を掲げている。我が国では批准はしたが実効性のある取り組みや法規制は殆ど手つかずと言っても良い。逆に分煙でいい(喫煙場所を作る)ということが社会に浸透してきている。行政も弱腰であるが、その背景にはたばこ産業界の圧力があるのは明白である。

 今回はカナダと韓国からの招請講演があった。カナダからはジェフリー・フォン博士(Geoffrey T. Fong, University of Waterloo and Ontario Institute for Cancer Research)が来られ、国際タバコ規制(ITC)プロジェクトの紹介と共に、FCTCが如何にエビデンスをもとにタバコ規制を進めているか、パッケージの被害写真掲載の普及やタバコ産業が如何に裏の手を使って反対運動を行っているか、など熱演された。こういうお話は国の厚生労働委員会でやってほしいし、日本のWHO支部主催で周知を図ってほしい。

 フォン博士の講演では、FCTC批准国(180か国)中43か国で完全禁煙法が出来、30か国ではタバコパッケージへの写真警告(健康被害の実際の患者や病理の写真を載せる)が実施されている。我が国では各項目を実施するための法整備が出来ていないどころか自治体は分煙方式で進んでいる。喫煙室を別に作ったらそれでおしまい、方式が広まってしまった。どうしたらいいか、を明らかにして完全禁煙を進める、これがタバコフリー学会のミッションである。大分過激であるが、そうでもしないと日本のタバコ産業有意に状況は変えられない、ということである。薗潤、薗はじめご夫妻が強力なリーダーシップで引っている。日本には未成年者喫煙禁止法があるが、選挙権年齢の引き上げで喫煙可能年齢も引き下げようという動きがある。選挙権行使と喫煙やアルコール許可は全く別の次元であり、若者の健康という点ではっきり区別すべきである。

 韓国は2015年にWHOの枠組み規制に則り、独自のタバコ規制法を制定している。そして今や禁煙活動は国を挙げて先進的に進めている。これは我が国でも認識すべきである。臓器移植でも韓国は法整備が進んで移植先進国である。両分野とも我が国は今からでも遅くない、隣国を見習うべきである。我が国のタバコ規制が進まない原因の共通認識は、財務省、JT、たばこ事業法(財務省管轄で厚労省ではない)であることも共通の認識である。昨年の第4回は愛媛大学で行われ塩崎厚労大臣が出席され、マスコミの関心も高かったが、今回は残念ながらメデイア関係者はあまり来られていなかった。学会宣言を含めどこかの新聞で紹介記事が出ることを願っている。

 タバコ産業と言えば我が国ではJTである。今やJTWHOの進める国際的なタバコ規制の動きを抑えるのに躍起である。CSR活動と言って広告業界(TV広告)と組んで国民をタバコは悪くないと色んな場面で洗脳している。分煙でみんな幸せといったことや、マナー改善でごまかそうとしている。そういう目で広告を見るとその魂胆が分かってくる。TV広告は本当に要注意である。民放だけでなく、NHKも怪しいところがある。NHKの経営委員会のメンバーに日本たばこ産業()顧問の方が委員長職務代行として名前を連ねている。委員の選任にあたりCOIはどうなっているのか疑わしいし、NHKも推して知るべしである。

 乳がんとタバコ、という特別講演が乳腺外科医の先田功先生(西宮のさきたクリニック)によって行われた。総論としてがんの原因の3分の一は喫煙であり、中でも乳がんは30歳前後から急速に罹患率が上がっているという。芸能人の乳がん発病の話題で検診率が上がっているが、喫煙が原因の中で大きな位置を占めることを社会は知るべきであろうし、マスコミも芸能人のがんの話題で検診のことは触れるがタバコとの関係はタブー視しているようだ。民放はスポンサーが目を光らしているし、TVでは先に触れたがタバコを擁護する広告が堂々とまかり通っている。匂い消しの広告に出て来る売れっ子のSM氏は、その広告が将来どう評価されるか、健康被害を助長させた典型的広告、と書かれるかもしれないことを知ってほしい。

 近頃の町で見かけるのは若い夫婦がバギーに子供さんを乗せてその両側で二人ともタバコを吸っている光景を目にする。受動喫煙の健康障害の恐ろしさを若い人々、特に女性は知るべきであろう。この学会は感情的なタバコ100%嫌い、の集団ではなく、フォン博士の講演でも分かるように科学的エビデンスに基づいたタバコ規制を進める団体である。国際的に進められているFCTCの示す項目に従っての法規制の重要性を関係者に理解してもらうべく活動している。いつも禁煙というとお医者さんがうるさく言うので、とか医師もタバコすっている人が多い、といったことで流されていることが多い。日本禁煙学会も日本学術会議もタバコ規制に大きくぶれるところはないと思われる。ただ、このタバコフリー学会はその強い意志と決意でもって、我が国からタバコを無くしていこうを頑張っている。

 くどいようだが、兵庫県はタバコの受動喫煙の防止を先取りした感じではあるが、神奈川県と共に分煙を正当化してしまったことではWHOの意図するところから逆行している。飲食店やホテルが困るといっても、国民にがんの発生を助長させるタバコを野放しにすることに加担している訳で、完全禁煙は今や先進国やアジアでも常識なっている。日本は鎖国政策から抜け出せていないと言っていい状態である。

 臓器移植が日本ではなかなか進まないが、タバコ規制と相通じるところがあると感じる。大事なことは分かるが、個人の自由も尊重しないと、といったことで国の態度は共に軟弱である。担当役所は、前者は厚労省、後者は財務省、である。数年前に国会で元神奈川県知事の松沢成文議員がタバコ規制の強化を訴えたら、麻生財務大臣は、3兆円だかタバコによる税収があるからこれは大事にしないと、という趣旨で答弁された。国民の健康や命を犠牲にしても財務収入が大事、ということである。タバコ規制のバリアーに財務省があることが良く分かるが、せめて増税で一箱1000円に力を入れて欲しい。

 大分タバコ嫌いの性分が出た内容になったが、今回の学会で、生半可な対応ではタバコ規制の目標(この学会ではタバコは博物館へ、というタイトル)達成は程遠い現実を改めて知った。フォン博士によると、日本で1年間のタバコ関連死が約13万人であり、「日本における予防可能な死因の第一位は喫煙(受動喫煙を含む)関連死」である、を最後に私からのTake Home Message とさせてもらいたい。

補足です; 

① 学会の様子はサンテレビのアナウンサーが取材され、9月29日の夜9時半からの

ニュースポートという番組で紹介されるとのことです。

http://sun-tv.co.jp/anablog/kohama/



② 韓国の取り組みは、タバコ代を一挙に200円値上げ、レストランは完全禁煙(罰則付き)、

この12月からパッケージに写真警告表示でした。





2016年9月15日木曜日

新専門医制度の準備再開、新理事会の考えは


 東北、北海道では台風10号で甚大な被害を受けられています。早く皆様の生活がもとに戻っていきますよう願っています。16号も不気味に近づいています。


 さて、新しい専門医制度の開始が1年先送り(2018年)になっているが、今後の具体的な方向が先の専門医機構の理事会(97)で決定し当日の記者会見で発表されたので紹介する。

要点として、専門医制度が学会メーンの体制になったと書かれている。
当初は、これからの医療を担う若い医師の修練制度や専門医認定はこれまでの学会主導ではなく、質の担保と制度の標準化のため第三者の認証機構が関与して行う、という根幹の旗印が下ろされてしまった。

新たな制度の根幹は修練プログラムの認定から始まる。従来は個人の臨床経験の積み重ねが幾つか自由に選べる認定施設(基準が甘い)を渡り歩いて得たものであったが、新た制度ではしっかりした指導体制(プログラム責任者の役割が大きい)のある病院群での修練と経験を基本とする、即ち「プログラム制」の導入であった。この制度の根幹となるプログラム認定基準については新たな機構に移行する過渡期に策定され、これには私も関与したが、既に多くの学会がそれに合わせて制度を再構築していた。ところが、いざスタートする間際になって一度立ち止まることになった。それはこの基準が大学病院中心で地域医療を担っている病院が基幹施設から外れ、これでは地域医療が崩壊するという医師会や地方行政側からの強いクレームが生じた。この結果、旧理事会がほぼ解散状態となり、先般新たな陣容で機構が再出発したところである。

さて、争点のこのプログラム認定基準の見直しが争点となるが、今のところ明確な内容は発表されるに至っていない。修練基幹施設の基準を実情に合ったものにする程度で、地域医療崩壊の危惧が払拭されれば、基本的には大きな変更はないものと想像される。これまで10年に近い関係者の努力(労力)を無駄にしてはいけないし、根幹から変える理由はないはずである。新理事会も、再検討はするがコンセプトを変えて白紙に戻すのではなく、これまで検討してきた成果の上に見直す、としている。 プログラム認定プロセスについても、新理事長はリセットではなくこれまで積み上げてきたものは十分生かす、とコメントしている。これで個人的には少し安心した。

では何が変わるかというと、プログラムの認定作業についてである。これまでは機構が各制度からの認定基準(修練計画と施設認定基準)をまず審査した上で承認し、ついでこれの基づいて出された個々のプログラムも機構で最終的に認定するものであったが、新たな仕組みでは具体的な認定はほぼ各学会に任せる、という変更である。これは各学会の自主性と自律性を尊重した上での話しであり、また機構が膨大な作業をこなせるかという危惧も背景にある。結果的にプロフェッショナルオートノミーに任せる、ということであり、逆に各学会はそれなりの責任が出てくるということになる。現実的な対応であるが、ピアーレビューという新制度の根幹に関わることからいうと、各学会の責任は大きいことを自覚して欲しい。あくまで専門医制度は学会のためではなく患者さんのためであり、日本の医療を良くするためである。

今回の理事会のメッセージには、サブスペシャリテーについて具体的にしている。内科と外科では基本領域の内科専門医と外科専門医の2階にそれぞれ13と4つのサブスペシャルティーがある。その他にも12領域の専門医制度が何らかの基本領域(18ある)の2階に位置されている。内科と外科では主な診療実態から言うとサブスペシャル領域(外科で消化器外科、心臓血管外科、呼吸器外科、小児外科)が主体となることから、一階の壁を高くすると2階の資格を取るまでに期間が長くなる(卒後3年目以降、3-4年x2=6-8年)という不満が出ていた。ここでこの壁を低くして柔軟に対応するよう、1階と2階をオーバーラップさせることを認めるということである。これは外科系が既に行っているもので、今頃になって内科が追いついてきた、ということである。しかし、このことはそもそも内科専門医とか外科専門医とは何か、ということになる。これが進むとその価値を下げるものであり、今後も議論になるところである。因みに米国では長らくこの2階建てが厳しく設定され、内科専門医、一般外科専門医に社会的評価は高かったが、最近は外科系でこの1階を省略して2階のストレート方式(6年ではあるが)も並列で動き出している。ある意味社会実験であるが、日本はこんな柔軟な対応は想定出来ない。何故なのか。グルーバルスタンダードという目標を新たな制度で入れるべきと理事の時に意見を述べたが、完全無視であった。

最後に、サイトビジットのことも触れられていて。サイトビジットとは、認定されたプログラムが果たして計画通り運用され、レベルを維持しているか、専攻医は計画通り来ているか、ということを第三者を交えたチームが実地調査をすることである。これまで幾つか学会は自主的に行っていたが、新制度の一つの柱として導入すべく準備して来た。これについては、手間の問題やその評価基準を今後検討するとのことである。これはある程度制度が進まないと出来ない話ではあるが、私が旧機構の理事の時に担当した課題である。新制度への移行に当たって現状調査と試運転をすると言うことで基本領域について学会から推薦された施設を各学会からノミネートされた調査員で試行した経緯がある。調査員になって頂いた先生方は大学教授も多く、多忙のなかで参加してもらった。中には、こんな無意味なことをやらせるな、時間がない、とお叱りを受けた先生もあられたが、その結果はきちんと纏めてあるので是非参考にして欲しい。評価指標案も策定してあるが、まだ残っていることを願う。

ということが理事会で決まった、議論された内容である。専門外の方には面白くもない話しで、最後まで付き合って頂いたことに感謝。

論点としてまとめと補足をすると、

  専門医機構が新たな体制になったことで、これまで残されていた課題が明白になって、その現実的な対応で前に進み出している。
  ある意味逆戻りして学会メーンとなるが、担当学会にはプロフェッショナルオートノミーを堅持して社会が期待する制度を作る義務がある。専門医制度は学会のためではなく患者さんのためである。
  大学医学部も若手医師をどう育てるかよく考えることと、グローバルスタンダードも大事であり、日本の医師の生涯教育に関わる責任は大きい。医局員集めのために制度を使うのは本末転倒。
  ピアーレビューの制度導入に期待、
  これからの課題は、新たな制度への厚労省の役割は何か、日本医師会の役割は何か、卒後臨床研修制度との一体的生涯教育制度はどうするのか。
  厚労省は広告できる制度は続けるのか。法規制はそのままか。
  地域医療を守るのは専門医制度ばかりではないことを共通の理解とすべき。

参考文献

黒田達夫.専門制度改革の主役. 日本外科学会誌 2016; 117(5): 349
   小児外科専門医の日米の違いなど

Matsuda H. Gen Thorac Cardiovasc Surg. Where does the new regime of medical specialty certification go?  2013; 61(10): 547-50.
日本の胸部外科学会英文誌に書いたレビューです。もう3年経ちました。