2015年1月20日火曜日

ドナー情報の在り方

 今回の心臓移植待機中子供さんからの臓器提供ではマスコミも熱心に対応しているが、論点整理が要るようなので、簡単にコメントさせてもらいたい。私がこのブログで取り上げたのは、小児用の補助人工心臓の認可についての問題でありました。補助人工心臓でのデバイスラグについてはここ10年近く学会が中心となって行政に要望して来た結果、随分改善された中でこのような制度上の問題が依然として残っていることと、これを亡くなった子供さんのご両親が社会に訴えた、という点で大きな意味があったと思っています。この認可制度の問題は早速に補助人工心臓に関する学会の協議会で取り上げて行政に要望することで話が進んでいます。ご家族の声を無駄にしないようにと立ち上がっていると思います。
一方、別の問題が出てきたようで、これには些か戸惑っています。なお、マスコミの報道からの判断で誤解をしている部分があるかも知れませんが、本質は外していないと思います。マスコミで取り上げられたことは、ご両親のコメント全文の公表を厚労省の臓器移植推進室が一部削除するよう指導をしたのではということと、これに関係して実名の記者会見の実施を阪大が止めたということのようです。細かい事実関係は別として、そこにあるのは「臓器移植ではドナー情報の開示はレシピエント側の心情や社会的状況を配慮して慎重にするよう」、という原則論のことです。厚労省(臓器移植推進室)は早々に、法律で決めているわけではないと断りながら、ドナー家族の実名を出すことに対してマスコミに対して慎重にするよう、と釘を刺しています。加えて、阪大の記者会見での記事に、実名の公表やドナー家族の記者会見は、やってはいけないこと、と決めつけているようです。
脳死臓器が始まった時からこのことは関係者がある意味守ってきたことですが、その背景にはマスコミの報道姿勢にもあり、臓器提供への社会の理解にブレーキにならないように、という考えがありました。円滑な臓器移植を考えるとドナー家族が表に出てくることは如何なものか、という原則論です。しかしこれまでも善意の提供を隠してしまわないでドナー側が表に出ることについて、原則論はあるが強制する立場にはないというのが行政のスタンスでした。しかし、現実にそういう事態がなかったこともありますが、今回表に出てきた訳です。そして、この原則を守るように(守るべき)と、行政や移植側が動いたとも取れる対応でした。
ではドナー側への社会からの感謝は、大臣からの感謝状とレシピエントからのサンクスレター(ドナーの名前は分からないままですが)があります。しかし、今ではドナーファミリーの会もあり、学会などでも発言される遺族も多くなっています。また、臓器提供がなかなか進まない状況で、これまで通りこの原則を遵守しなければならないのか、疑問であります。しかし、これをどうかしようという動きも封印されて来ましたし、今回の行政や移植側の発言は、これは変えられないと言う、ある意味で後ろ向きの対応と私は残念に思っています。原則というか望ましい仕組みの重要性は理解している訳ですが、この時期になって何らかの柔軟性もあって良いのではないか、と言うことです。
脳死臓器移植が始まってもうすぐ20年になろうとしているなかで、これまで取り上げられなかった課題であるとはいえ、臓器提供を推進していく上でドナー側の多様な考えに社会も柔軟に対応しても良い時期になっているのでは思います。そういう意味で、今回の報道を見て、ドナー家族の意向にもっと寄り添った暖かい対応が出来なかったのか、個人的には残念に思っています。表に出せない状況があってのことでしょうが、これ機会を無駄にしないで、ドナー情報の非開示の原則の扱いをどうするか、考える機会になって欲しいと思います。

そして、忘れてはいけないのは、ドナーとなった子供さんとご家族の気持ちを社会は大事受け取って上げることです。それには、子供さんからの臓器提供を社会が真摯に進めていくことしかないと思います。

2015年1月15日木曜日

補助人工心臓ー3


       補助人工心臓の進歩と今後の展開について書いた矢先に何とも痛ましいことが報じられた。デバイスラグが解消されつつあると言いながら、旧態依然とした国の認可制度の実態が浮き彫りにされた。拡張型心筋症で心臓移植が必要となった女の子が阪大病院で簡易型の心肺補助装置を付けて海外渡航準備中に脳梗塞を起こし、脳死となった。両親は心臓以外の臓器の提供に同意し、肺、肝臓、腎臓の移植が他院で行われた。ご両親が子供さんを亡くした悲しみの中で、同じように臓器移植を待っている他の子供さんへの思いから臓器提供となった。

今日の新聞ではご両親のコメントに、簡易型ではなく世界で使われている小児用の補助人工心臓が自分の子供にも使えたら、という思いからこの問題(目の前にあるものが制度の縛りで自由に使えないこと)をあえて出された。ベルリンハートという体外式ではあるが小児用のものが日本でもやっとその導入が始まっている。既に5例と思われるが治験で使用され、何人かは心臓移植にたどり着いている。しかし、制度上は治験が済んだ後の最終認可審査には更に1年といった待ち期間がある。治験後にも新薬と同様に救済的な目的で治験に準じて使用する道はあるがそう簡単ではない。阪大では簡易型の後でドイツ製を使う予定であったが、その前に血栓による脳梗塞を起こしてしまい、そのチャンスを逸したという。補助人工心臓でも血栓の危険はあるが、簡易型の心肺補助装置はよりリスクが高く、長期使用向きではない。外科医側も苦渋の選択であり結果だけで責めることも出来ないが、何ともやりきれない思いがする。

デバイスラグ問題では、海外で既に実績があって十分科学的な根拠が出ているものでも、我が国に導入するには書類審査、治験、そして最終審査と手続きがいる。時間は短縮され、デバイスラグはかなり改善したと行政はおっしゃるが、今回の子供さんの事例にはどう考えるのか。補助人工心臓では既に海外で実績のあるものでも、型通りの最小数の臨床治験が求められる。治験の症例数も以前は新しいものは40例、海外で実績があっても20例という時代もあったが、今では6例程度に緩和された。しかし、海外で数十例、数百例の実績があるものに、日本人は別と言って数例で試してみることの科学的根拠はない。海外でその経験を持つ心臓外科医も日本に沢山いる。まさにお役所仕事ではないか。この数例の治験に企業は多額の資金を投入する。その結果、認可された後の保健償還価格は海外の2倍にもなる。そうなると医療費が高いからと使用制限が出てくる。悪い連鎖である。

今回の子供さんの死を決して無駄にしないで欲しい、と皆が思っているであろう。このデバイスラグ問題への解決策を関係行政は遅滞なく進めるべきであり、学会関係者も更なる努力をしてほしい。

2015年1月14日水曜日

補助人工心臓の話題-2

 前回は補助人工心臓の話題でしたが、その補足ということで科学雑誌Newton(ニュートン)に掲載されていた内容を紹介します。この雑誌は科学についてイラスト付きで解説するユニークなもので、昭和56年から始まっている息の長い人気雑誌です。昨年の11月号に補助人工心臓が紹介されているといことを教えてもらいました。人体大図鑑の特集で、その中に心臓の解剖や働きが紹介され、心臓病の所に特別インタビューがありました。一人はロバート・ジャービック博士(米国、ジャービックハート社社長)、もう一人は日本人ですが中好文コロンビア大学医学部外科学教授(米国ニューヨーク)です。ジャービック先生は人工心臓開発の世界のリーダーで、完全置換型(完全人工心臓)であるジャービック7(セブン)を世に出しました。この完全人工心臓(自己の心臓は取り除いてしまう)1982年にヒトに植え込まれ、その後は名前が変わりましたが今でも使われているものです。このジャービック博士がその後に開発したのがジャービック2000で、それまでから一転して小型で心臓を残す補助人工心臓です。2015年以降、我が国でも使われているものですが、ニュートンではこのジャービック2000についても詳しく解説されています。
個人的な話しになりますが、阪大時代1997年の臓器移植法成立の前から心臓移植を我が国で進めるには長期の待機期間を乗り切れる植込み型補助心臓が不可欠であると考えていました。そして在職中に拍動型のノヴァコールやTCIハートメイトを導入していったのですが、当時から米国では拍動型ではなく連続流ポンプの技術が進んで一気に小型化されていきました。連続流ポンプの方が体に優しく合併症も少なく、何より病院から退院できるメリットがありました。また、移植への繋ぎではなく、永久使用も始まっていました。そういう中で海外の学会などでジャービック2000が小型で性能が良いことから日本人に適していることに注目しました。日本びいきの米国のフレイジャー博士(テキサス大学)がこのポンプを日本に導入したらと応援してくれ、私自身もジャービック博士と可能性を相談をしてきました。
このジャービック20002013年に日本でも認可されていますが、実は2005年に日本で最初に阪大病院で植込みを行っています。私が阪大を定年で退職したのが20053月なのですが、退職前にジャービック博士から日本で使うなら阪大病院でやっても良い、という連絡が来ました。私は退職しましたが、当時の澤芳樹准教授や後に千葉大教授になった松宮護郎講師と相談し、臨床試験ということで医学部の承認を取ってもらうことが出来、2例に植え込んだのがその年の10月頃だったと思います。フレージャー先生にも来てもらったのですが、教授不在の時にもかかわらず、臨床治験前の試験的な使用が出来たことは阪大病院の太っ腹なことを物語っています。
ジャービック2000が日本で認可されたのは2013年ですから、試験導入から8年も経っています。それでも最近は移植のブリッジですがポンプが90グラムと小型であり、小さな体格の患者さんやポンプ本体が心臓の中に入ることから心臓の構造的な異常のある症例で選ばれているようです。また、ベアリング(軸受け)が当初のピン型からコーン型に変わって血栓の問題がかなり少なくなったことも後押ししています(このことはニュートンには記載ありません)。欧州での永久使用では外部のバッテリーとコントローラーに繋げルケーブルをお腹ではなく皮下を通して頭まで進めて耳のうしろから外部に出すものが使われ、現在の最長は9年弱ということです。この耳のうしろに出すケーブルは日本では認可されていませんが、永久使用の適応が認められればこの方法がとられるのでは思います。
さて、もう一人のインタビューの相手である中教授は阪大心臓外科の同門で、米国に渡って22年になり、ニューヨークのコロンビア大学医学部の心臓外科で臨床に従事して15年ほどになります。移植と補助心臓チームの責任者です。中教授は米国での補助人工心臓の現状を説明し、主にHeatMate-IIという機種を主に使っていてジャービック2000は現在臨床治験中とのことです。記事には、移植への繋ぎと永久使用がコロンビア大学では半々位ですが、移植への繋ぎは主に65歳までで、それ以上は永久使用、という仕分けで、境界線上に沢山の患者さんがおられるとのことです。永久使用ではジャービック2000の耳のうしろにケーブルを出すのが感染症が少なく、また水泳やお風呂にも入れるので、日本人向きというお話しです。ジャービック博士も、永久使用ではスキーやサッカーをしている方もおられ、人工心臓を植え込んでいると言うことを忘れる位に体に馴染んでいるとも言われています。
といったことでニュートン記事の紹介というか受け売りになってしまいましたが、これから具体的な話しが始まる永久使用について一般の方によく分かる内容で感心しました。

補助人工心臓の話題はこれ位にして次のテーマを探します。
Jarvik Heart社のHPから写真転載です。 
心臓左心室に埋め込まれた本体。
耳の後ろに回すケーブルのシェーマ 青色矢印は皮下トンネル、緑矢印が外のケーブルとコネクション部。灰色矢印が携帯型コントローラー。黄色矢印がバッテリー。


2015年1月7日水曜日

 今年も補助人工心臓が話題です


  年始から全国的に厳しい冬となっていますが、皆様は如何過ごされたでしょうか。今日7日は七草粥の日で松の内も終わります。正月気分から抜け出していよいよ仕事に専念、ということでしょうか。私は年末のスキーと温泉ぼけからまだ抜けきれなくてのんびり気分ですが、昨日は手洗い初日で大動脈基部再建手術に参加させてもらいました。幸先の良いスタートかと勝手に思っています。
新年第2稿はまた新聞記事からです。もともとこのブログも学長時代からですが朝の新聞記事から話題を拾い出すのが一つの楽しみでもありました。14日の読売新聞朝刊に補助人工心臓について取り上げられていました。以前から何度も話題にしている植込み型の永久使用(Destination Therapy) についてです。年末の22日に関連する学会が集まる協議会で決まったことの紹介でありますが、見出しは使用緩和、移植待機患者以外に拡大(学会指針)、とあります。

植込み型補助人工心臓は国産も含め我が国では2010年以来当初の2機種から現在は4機種、近々更に一つが参入します。なぜこのように植込み型が沢山出回っているのかですが、これは米国や欧州では心臓移植自体が多いこともありますが、移植適応患者さんへの使用、いわゆるブリッジ使用、以外に上記の永久使用が急速に進んでいるからです。遠心型や軸流型といったテクノロジーの進歩によって小型非拍動流ポンプが登場しこの世界は一転しました。血栓や感染対策も進んで、携帯型のバッテリーと小さなコンピューター装置ですから日常生活も可能になりました。退院して在宅や社会復帰出来るという大きなメリットがあり、国際登録では、2013年で永久使用が1114例と移植へのブリッジの640例を遙かに超える状況になっていますし、永久使用は年々増加傾向にあります。

このようなテクノロジーの進歩に対して、我が国では移植へのブリッジのみで認可(健康保険償還あり)されて、最近は年間100例になるほど植込み手術が増えています。ただ心臓移植は年間40例程度ですから、待機患者さんはどんどん増えています。この間、施設認定や実施チームの研修も進み、移植とともにその成績は良好であることより、適応の拡大を学会主導で進めてきたわけです。
適応拡大は二つの柱があるでしょう。一つは年齢、もう一つは医学的な要件で、共に移植の適応とならない重症心不全患者さんです。前者では今の移植登録は65歳未満が一応の決まりですから、65歳以上で年齢以外は心臓移植の適応基準に合い、本人が希望し、家族が支援できるといった要件になるでしょう。年齢の上限は指針では特に決めていません。でも、個人的予測では70歳前後までではないでしょうか。因みに私はぎりぎりの所にいます。ということですが、前にも指摘しましたが医療を受けるに当たって年齢制限を設けることは基本的にあってはいけないことなのです。そういう意味で上限は置かないことは正しいことでしょう。

もう一つの対象は、65歳未満でも免疫的なことやその他の臓器の状態、などから移植適応は難しいが、補助人工心臓治療は可能であると判断された方でしょう。共にですが、重症度は心臓移植に準じるか少し軽めになるかも知れませんが、基本はこの治療で5年程度の延命が出来、かつ社会復帰が出来る、ということです。新聞では、余命が5年以上、とありますが、従来の治療で5年以上ではなく、最大限の治療でも半年とか1年程度の余命ということです。

さて、これからどうなるかですが、厚労省がこの指針に対してどう対応するかが焦点です。手順としては、企業や研究費負担での臨床試験か臨床治験、というステップがまず必要です。これをどこで、いつから、そして何例にするのか、ということと、適応基準の具体案策定や施設認定(現在の認定方針との関係)など沢山の作業が残されています。いずれにせよ、デバイスラグの問題を学会が取り上げ、厚労省に陳情してから5年ほど経ちますが、補助人工心臓の普及ではいよいよ正念場にさしかかってきました。

この適応拡大は心不全治療のある意味のパラダイムシフトをもたらしますが、一方では医療経済、高齢者医療、終末期医療、医療倫理、など沢山の関連する問題が生じてきます。しかし、これを必要とする心不全患者さんは移植希望患者さんより多いはずですから、移植に限っていたこれまでの状況と違って、心不全に関わる多くの循環器内科医の理解も重要であります。ある意味、ここが一番の問題ではないかとも思います。
読売新聞の記事を掲載します(2714日、朝刊)。

 追記: 生命予後5年ついては説明不足でした。移植では適応にならない心臓以外の病気があるときは、専門家の判断でその病気自体の平均余命が5年以上、ということです。悪性腫瘍(化学療法を受けている患者さんは除外)とか糖尿病とか、肝障害、などでの話しになります。言い換えれば、心臓が元気になれば(補助心臓で)5年の生命予後が期待できる場合と言うことになります。また、補助心臓の機能として5年は維持できると言う前提です。少しややこしいですが、今後はQ/Aなどで解説があると思います。




2015年1月1日木曜日

新年明けましておめでとうございます


    2015年の幕が開いて皆様が夫々希望に満ちた元旦を迎えたのではないかと思います。関西でも午後から強風と共に雪が舞いだして、お正月から厳しい寒波の襲来です。私は経済には疎いですが、新聞を読んでいて面白い記事があったのでこれを最初のネタにすることにしました。国際的にも、また国内の現実を見ても、国の経済状態は楽観できない状況にあるなかで、選挙で圧勝したからか安部首相は楽観的な予測をしていることではないかと思います。そして国の経済の動向と密着しているのが国民皆保険制度である医療費で、高齢化社会とともに総医療費が増え続けるなかで、日本の医療はどういう方向に行くのかが注目されます。それは、医療費負担もそうですがほとんど輸入品に頼っている高度の先進技術や医療機器の動向です。

    毎日新聞の記事ですが、「関西を医療革新の拠点に」という見出しで、関経連の森祥介会長のインタビュー記事です。関西には医療のイノベーションで先陣を切っている山中伸弥教授がおられるほか、大阪、そして神戸も加われば大きなイノベーション(技術革新)の拠点、世界最先端、になれるということです。これには特区という制度が後押しするわけですが、これが関西の経済を活性化するものであると期待している内容です。円安だから医療機器の輸入はしやすくなる、などという話ではなく、国産の医療機器や医療技術を国が支援して産業化させることが正にいま求められているということでしょう。経済界の関西のトップがこういう発言をされることは、我々医療機器の開発側や使用者側とっても大いに歓迎されることであり、そしてこれは最後には患者さんにフィードバックされるものであると思います。

  元旦の新聞で注目した記事を紹介して第一報とします。今年も宜しくお付き合い下さい。
  1月1日、毎日新聞朝刊11面です。